郡山 和久(神戸市)
Thyにて
 ワールドユニバーシティーで迎えた朝は、少し肌寒さも覚えたがすがすがしく美しかった。小高い丘の上に建っていたので湾の海面が少し低く見える。朝日を反射している水面にヨットの白が溢れ出た光の中で確認できる。時間が静かにゆっくりと流れていることを教えてくれているようだ。庭の芝は朝露をその葉先につけて一面に輝いている。北欧でも広葉樹は少なくないらしい。その木々の間をシジュウカラのような鳥がせわしなく動きながらさえずっている。日本のシジュウカラよりひと回り体が大きいし、泣き声も少し違う。ここは、デンマーク北西ユトランド半島。ここから約一週間の旅が始まった。

ワールド・ユニバーシティ
(New Experimental College)

1、パンとチーズ

 広い庭でタバコを吸いながらスケッチをしていると、ワールドユニバーシティーで私たちの宿泊の世話をしてくださっていると聞いた近くの農家の主婦の一人が英語で「ゆで卵にしますか、オムレツにしますか」と尋ねてきた。身長は170センチくらい、ブロンドが朝日に輝いている。

 驚いたのは、そのあまりに自然な物腰だ。以前から知っている友人に語りかけるような笑顔。よそよそしさが微塵もないように感じられたのは、日本の民宿やホテルで感じられる客に対する無意識の距離感、お客とサービスする側という暗黙の上下関係が前面に出ていないからだろうか。このような対応の仕方はこの美しい婦人だけではなかった。出会ったデンマーク人に共通するもののように思えた。

 町を歩いていても見上げるように身長が高い人も多い中、ほとんど威圧感を感じないし東洋人だということでじろじろ見る人はいない。町の通りでスケッチしていても、スケッチブックを覗き込んで邪魔する人もいなかった。建物をスケッチすることが多かったのだが、道行く人と目が合い、こちらから「ハイ」とよびかけると笑顔で「ハイ」という挨拶がかえってくる。個人主義が浸透した国民ではあるが、冷たいよそよそしさはなく人なつっこく親切である。

 公園で数人の青年が上半身裸になって空手の組手のような遊びをしていたが、日本でみるような周りの人たちに力を誇示するような雰囲気は全く感じられない。のびのびと体を動かして遊ぶことを心から楽しんでいる。こちらも見ていて楽しくなってくるし、気軽に声をかけられそうな雰囲気をもっている。この国の躾や教育は確かだと、そのときに思った。

 日本も国際理解教育だとか、道徳だとか題目だけ唱えているようじゃだめだな、力を抜いて周りの人に開かれた優しい感性を取り戻さなければ・・・、教師である私は美しい風景から離れた想念を頭にめぐらせながら、食堂にむかった。

 食堂はまるで温室のように光を取り入れられるように作られていた。観葉植物がテーブルの周りに置かれ、小さな刺繍のほどこされたテーブルクロスの上には燭台が置かれていた。数種類のパン、オートミールのようなもの、生ハムやチーズ。それに牛乳、ヨーグルト、オレンジジュース等が部屋の隅のテーブルに置かれ、バイキング形式で自由にとって食べる。私はパンが苦手で、仕事としての学校給食以外にはパンは滅多に食べない。しかし、「黒パン」と言うのだろうか、チョコレート色のパンは、とてもおいしかった。歯触りがよく、香りも気に入った。

ワールド・ユニバーシティの食堂

 デンマークでは、小学生から自分で弁当を作って学校にもっていく。弁当といっても、幼稚園や小学校で私が見たものは、パンにチーズをのせ、かわをむいたニンジンなどの生野菜が少しといったものだった。あるとき、そんな弁当をいくつも見た同行の一人が「デンマーク人は料理が嫌いなのか」と小学校の校長に質問した。校長は「おいしければいいでしょう」と答えた。その会話を聞きながら、栄養的には充分なのに、そんな印象をもってしまうのだろうと私は少し考え込んでしまった。

 日本では、弁当は特別な意味をもつ。親の愛情表現という性格を付されている。手のかけられていないような弁当を持たせて親は子どもへの責任を果たしているのか、というのが質問した人の言い分だったのだろう。しかし、小学校での遠足や運動会での弁当、中学校の弁当は、家の人にかなりの負担を強いている。女性の社会進出が進んだ今日、朝早く起きて弁当づくりに時間をかけるのはかなりの重労働になる主婦が多いのではないだろうか。

 それに、時間に追われるとレトルト食品や冷凍食品を電子レンジでチンしたり、残留農薬のテストも厳密になされていない輸入野菜や発色のために添加物の入った食材を色取りのために弁当に入れたりせざるを得ない日本の今の食文化が果たして愛情の表現と言えるかどうか疑問である。

 デンマークでも、伝統料理はかなり手間ひまがかかる。わたしたちを案内してくれたボーディルさんのお宅で小麦団子と何種類もの野菜が入った伝統料理のスープをごちそうになったが手間ひまかけてじっくり煮込んであり、初めての味ながらとてもおいしかった。

 食は確かに文化である。しかし、文化は何を優先するかによって大きく様変わりをする。弁当の見た目の美しさや高価なおかずを入れてあることまでも競争になりがちな日本と、栄養価を考えた簡単な昼食を早くすませ午後1時半には学校が終わって友達や家族との時間がゆったりある国とではどちらが子どもの立場に寄り添ったかたちかは、今後考えていく必要もあるだろうと思う。

 例の黒パンに助けられてパンが少し苦手な私は朝食をおいしくいただくことができた。少人数用の小さなバスに乗っていよいよデンマークの学校や施設の訪問である。

2、 森の幼稚園

 出発のときはあいにく小雨がぱらつき、8月末ながら少し寒いのでセーターを着る。黄色の小麦畑と緑色の牧草が交互に植えられている広大な農地が続く大地を小さなバスは走っていく。農家は平家で細長く、中には麦わらの屋根のものもある。農家と農家の距離がかなりある。日本の農家の何倍くらいの土地を平均して耕作しているのだろうと知りたくもなってくる。遠くの発電用の風車を見ながら、目的の森の幼稚園に着く。

森の幼稚園

 駐車場は広く、道路からもあまり離れていない。小さな園舎が建っており中では3、4歳くらいの子どもが数人、絵を描いて遊んでいる。園長さんがいろいろと説明してくれたのだが、子どもと一緒に絵を描く事に夢中になってしまった。

 私が子どもの好きそうな絵を描いてみせても、まったくのマイペース。自分の絵を描いて真似しようとはしない。ただ、一緒に絵を描くことは受け入れてくれていて交互に絵を描いていく。こんな年頃から人に媚びず真似せず自分の世界を広げている、と感動する。日本では、というか私は、子どもは自分では物を描く力は教え込まないと育たないとばかり考えていた。ここで見た幼い子供達はただ紙に直線をひいているだけだが、たしかに自分の世界と向き合っていると思えた。話が飛ぶかもしれないが、ギリシャ・ローマによって大きく発展した造形芸術やヨーロッパで培われて人類の生き方を大きく変えた科学の基礎は、こういう飽くまでも内発的な衝動にかたちを与えることに発するかもしれないと思う。技術から世界を変えることにとらわれていると、オリジナリティーの根源的な喜びは希薄で、目新しさを追い求めるようになってくるのではないか。そんなことを小さな子どもに教えられているように感じた。

絵を描いて遊ぶ子どもたち

 外に出てみると庭が広い、庭というより原野という感じだった。向こうに見える林までこの幼稚園の敷地だという。少なくとも数ヘクタールはあるだろう。そこで何をするかは、子どもの自由。遊びたいことを自由にやらせる。ただ、自由に放任するのではなくデンマーク人が大切にする人々と共同するプロジェクトはある。小屋を建てることだ。林から必要な素材をひろってきて柱を立てる穴を掘り、壁を作る。いつできるのかと心配になるほど、のんびりと子どもの自発性に任せている。

 日本の教育からみると、ここでは子どもも先生も目的もなくただ遊んでいるだけように見える。寒くなったらたき火をして木の枝にパン生地を巻き付けて焼く。子どもが絵を描きたいなら描かせる。ハンモックで寝たいなら寝かせる。庭の昆虫を観察したいなら自由にさせる。今日はこれをこの時間にやりましょうという、言葉は変だが教育的な脅迫観念がない。

ターザンごっこ

 いつも時間に追われ、チャップリンのモダンタイムスではないが社会の歯車に巻き込まれて身動きができないという姿がない。子どもは自由に好きな事をしながら、共同して小屋を建てることのよさに自然に気付いていく。穴を掘る道具を仲間と交互に使ったり、木の束ね方を先生に聞いたり、どのように素材の木々を組み合わせたら頑丈な小屋ができるかを体感していく。そこには、社会で生きることの意味、ものをつくり出す労苦と喜びなど人間の営みの雛形が揃っている。

森と畑を歩く

 ところで、ユトランド半島の海岸の砂丘地帯には、針葉樹などが隙間なくびっしり植えられている。これは単に防砂林の役割を担わせているだけではないように思われる。数百年経てば、あるいは数千年たてば、砂の大地が原野になり林にもなり豊かな土壌を貯えた広大な農地にもなる。気の遠くなりそうな妄想に近い考えだが、ここデンマークに来てみれば的外れな推測ではないように思われてくる。自然に任せ、かつ自然と共生する知恵を実現できる思想がこの国にはある。この地に人が住み始めて以来、ヒースの生い茂った荒野を開拓し、岩を掘り起こし小石を拾いながら豊かな農地にまで大地を育て上げてきた歩みの中で身についた知恵が脈々と受け継がれてきているのだろう。