イギリス自治体事情 2 ボーンマス篇
ボーンマス中央公園
ボーンマス中央公園
ボーンマス編

 ボーンマス(イギリス南西部ドーセット州、人口約15万人。)は美しい海岸線と温暖な気候で英国内では有数なリゾート地として知られ、また退職後に第二の人生を送る憧れの都市として人気があります。市中心部には、オペラハウス、映画館、国際会議場、美術館、フットボール競技場、市民憩いの公園(園内には観光用の気球も。ただし垂直上昇のみ。)、ディスコ、そしてもちろん数多くのパブありと、文化的施設の多い魅力的な街です。

 私たちが滞在したのはボーンマス市とプール市に挟まれたウェストボーン地区。ここではそれぞれ別々のホストファミリーのお宅にホームステイをしながら、この地区にあるキングスカレッジで語学コースと自治体派遣準備コースを受講。そして毎週末には近隣の自治体関連施設を訪問します。

<イギリスのホームステイはビジネスライク?>

 私がお世話になったご家庭では、ご主人が主婦業をして夜勤看護婦をしている奥さんを支えていました。ホームステイ第一日目がこの家の男の子が全寮制パブリックスクールに入寮する前日だったらしく、ご主人は大忙し。その日を含めた数日間はご主人が多忙のせいか夕食は単品もしくは単素材のみ(例えば、1日目:ツナパスタ、2日目:ベイクドマッシュポテトだけ)。理由がわからずにいた間は、その後の5週間の生活を悲観して青ざめたものでした。

 このご家庭は(私以外にも)常時4〜5人の各国からの留学生を受け入れているようで、まるで寮生活のよう。ただ、留学生のために自分の部屋を明け渡して屋根裏部屋での生活を余儀なくされているその家の女の子(まだ小学生なのに)がとても気の毒でした。そこまでして学生を受け入れなくても...。

 イギリスの地方税は居住用資産を課税対象としていて(一つの家屋に成人2人の居住が基本なので設定額は高め。単身世帯には25%の減免措置あり。資産税と人頭税の性格を併せ持つと言われています。)、中産階級の立派な(資産評価額が高そうな)住宅が建ち並ぶこの地区では、部屋を短期滞在の学生等に貸してその賃貸料収入を税金の支払いに充てている世帯が多いとか。私のステイ先も新しめの3階建ての立派なお家なので「評価額はさぞかし...」と下世話なことを考えてしまいました。

 ホームステイでの悩みといえば、飼い猫の蚤被害(今でも刺された痕が足に。)と、栄養不足の危機(前年度研修生の「栄養剤を持っていくように。」とのアドバイスはジョークじゃなかったようです。近くのスーパー「ウェイトローズ」で夜食や果物を買い込みビタミン補給。)、あとはご主人と留学生間のトラブル。全員が顔を合わせるのは6時半からの夕食タイムのみですが、厳格な態度を崩さないご主人に全員緊張しっぱなしで会話も滞りがち。食事が済むとそれぞれの部屋にさっさと戻ってしまい、ゆっくり話せなくて残念。5週間の滞在中、ご主人との口論の末に転居した学生が3人も。まあ、他の研修生のうち2〜3人もステイ先で似たり寄ったりの悩みがあったようで、「トラブルも経験のうち(当たりハズレはあるが...)。」と楽しんではいました。

 フラットメイトのディアナ(イラン人で現在ドイツ在住)やイエメン人のナディ(大臣の息子だとか。でも家事能力抜群。)とは学校も同じ(受講クラスも半分は一緒)で、互いの部屋にフルーツを差し入れたり、みんなで蚤対策に頭をひねったり。ご主人が留守の夜には奥さんから許可を得て一緒にディズニーアニメビデオを見たり(いつもはTVも見ることができないので感激しきり!)、家族全員お留守の日はナディ持参のアラブ系&ディスコ系のCDをかけてスペイン人のルースを含めた4人でダイニングで踊りまくったり。おかげで楽しく無事に5週間を乗り越えられました、感謝。

<ボーンマス近郊の自治体訪問>

 毎週金曜日は自治体関連施設訪問の日。市役所訪問はボーンマス・バラカウンシル、プール・バラカウンシル、クライストチャーチ・ディストリクトカウンシルの3カ所。

 英国の地方自治体の種別構成としては、大ロンドン市、大都市圏ディストリクト、ユニタリー、県(County Council)、ディストリクトカウンシルに分かれます。それぞれが担当できる行政的権限はイギリス議会が制定する法律により定められていて、権限以外の行政行為は権限逸脱(Ultra Vires)として違法とされています。

 ボーンマス市とプール市は97年4月からユニタリーに昇格し、幅広い行政サービス(保健医療、警察、水供給管理事務以外のすべての行政サービス。消防については事務組合が行うところもあり。)を行えるようになりました。ユニタリーは日本でいうと政令指定都市のようなものですが、県よりも多くの行政権限を持っています(二層制の機構においては、県には環境保健やごみ収集、住宅、徴税、選挙人登録、墓地管理等の権限はなく、それらの業務はディストリクトカウンシルが執行。)。

 ボーンマス市庁舎では、まず市長室に通され研修生全員緊張気味(訪問したどこの施設でもウェルカムドリンクとして紅茶とクッキーやスコーンをいただき、おかげで緊張もほぐれます)。ジム・コートニー市長との歓談のあとは議事堂見学。ボーンマス市議会の多数党派は保守党(26議席。その他労働党議員6人、無所属議員6人で構成。)で、6週間ごとに開かれる総会では議長でもある市長は伝統に基づいて赤い法服を着用するとのこと。残念ながら市長室と議事堂に通されたのはボーンマス市庁舎だけでした(他の2市では会議室での事務職員からの説明のみ)。

 ボーンマス・プールという2つのユニタリーは、距離にして鉄道駅2つという非常に近い間柄。しかしながら、ボーンマスがその都市戦略として企業・コンベンション誘致等の経済発展と観光振興を重点施策としているのに対して、プール市は教育と福祉(特に高齢者福祉。市の高齢者数は全市人口(約14万人)の19.4%(‘99年)と比較的高め。)、交通対策、都市景観整備に力を入れています。プール市担当者によると97年の政権交代以来、多数党派が自由民主党(19議席。その他は保守党17、労働党3議席。)であるプール市議会に対する中央政府のコントロールが増えてきたとのこと(毎週火曜日に対策会議を開催)。

 クライストチャーチ・ディストリクトカウンシルは人口約4万4千人。担当者によると、住民の地域に対するアイデンティティが強くて、特に歴史的建造物の保存や美しい海岸線や保有林地区などの景観維持に対する意識が非常に高いとのこと。退職後にここに移り住むことを希望する人が年々増加しているため、高齢化率の上昇が近年著しい。5万人以下の人口規模の市議会に議員数25人。住民に対するきめ細かいサービスを目指しているものの、住民との距離が近すぎて年間500件以上の苦情処理や、対立する苦情どうしの利害調整に追われることになるため、今後住民との適正な距離のあり方や行政としてあるべき姿を模索中(苦情に対しては1件たりとも却下しない方針をとっているため、その対策決定・処理に1件あたり約1年を要するとのこと)。

<激変天気と寒さ知らずの英国人>

 ロンドンではここ数年来という温暖な天気に恵まれ、入国まもない時期に日本との気温差に悩まされることはなかったのですが、ここボーンマスで英国の典型的天気をやっと体験し、「一日のうちに四季がある」といわれる言葉に思わず納得。特に、降ったり止んだり、全方向から降りつけたりする雨には閉口気味。地元の人はさすが慣れっこで、傘を差す人は皆無(風が強すぎて差せない!私も傘を1本ダメにしました)。雨足が強くなっても、ある人はフードだけ(パーカーについているものを取り外して常時携帯しているのでしょうか?)を頭にかぶり、中にはスーパーの袋をかぶっている人も(服装は素敵なのに...)。撥水加工のパーカーはここでは必需品。

 9月中旬すぎて急に冷え込みだし、学校では風邪を引く留学生が続出。それなのに職員の方々や地元の人の大半は半袖Tシャツのまま。「大丈夫、風邪ひかない?」と尋ねても、「今までずっとひかないし病院も行かないわね。」との返事がほとんど。小さい時から寒さや風邪への耐性をつけるよう、薄着に慣れさせられているとか。これは冬季暖房用の灯油(イギリスの石油税は欧州一高額。)の使用量を減らすためか、利用しにくい医療制度に極力頼らないようにするための親の知恵でしょうか。

 ご存じのように英国の健康保険制度(National Health Service。以下「NHS」)では医療費は無料(外来患者の処方薬のみ有料)ですが、緊急を要する患者が優先されるため診察・治療待ちの患者数が一時140万人を越え、治療の遅れによる患者の死亡など深刻な状況を抱えています。キングスカレッジでお世話になったアーサー先生も、数年前バイク事故に遭った際は、救急車で運ばれ幸い即手術を受けられたのですが、半年間のリハビリの後に再手術が必要となると診断されたにも関わらず、緊急性が低いという理由でさらに半年、1年と待たされたそうです(先にWaiting List(診療・治療待ち患者のリスト)に載せられていても、緊急性の高い患者が来院するとそちらが優先されるため、待機期間がこのように長くなるのです)。経済的余裕のある人であれば保険外の民間の医療機関による治療も選択できるでしょうが、低所得層の人々にとっては全額負担の民間医療受診は叶わぬことで、貧富間の医療サービス格差がさらに拡大されることになります。

 97年の政権発足当初からWaiting Listの削減を公言していたブレア首相は、2000年7月にNHS改革プランを打ち出していますが、その具体的内容は以下のとおりです。 

1. NHSのベッド数をさらに7,000追加。
2. 2005年までに、半年以上手術を待たされる患者の数をゼロに。
2008年までに、3か月以上手術を待たされる患者の数をゼロに。
3. 医者の数を今後4年間で30%(7,500人)増加。
4. 2002年から、医学的でない理由で手術をキャンセルされた患者全員に、28日以内に
手術を受ける権利を付与。
5. 「新人の医者は、最初の7年間はNHSでしか働けない」という規則の導入。

これは長年公的には指摘しにくかったNHSのサービスの不備を認めたうえで、具体的な方策を提示している非常に画期的な改革プランではあるのですが、現在のところ医師会が(特に5番目の項目に対して)強く反対しているとのことで、その実現までには長く困難な期間を要することになりそうです。 

<大都市には必ず出現?キツネ狩り廃止反対デモ隊>

 毎年秋は党大会の時期。いつもの慣例か、開催地は英国南部のブライトンか、ここボーンマス。99年はブレア首相の労働党大会が9月第4週にボーンマスで開催されました。直前の日曜日はロンドン−ボーンマスを結ぶ高速道路が大混雑(党関係者・報道関係者の大移動によるもの)。週末を使ってロンドンに行っていたクラスメートは、通常なら2時間半〜3時間で戻れる道のりになんと6時間もかかったそうで、次の日の授業ではぐったりしてました。

 ボーンマス中心部では党大会開催を歓迎する旗が街のあちこちに飾られていますが、学校近くのウェストボーン地区では(中心街から徒歩20分の近さにも関わらず)いつもと変わらぬ閑静さを保ったまま。連日報道されるテレビのニュース番組でかろうじて大会の様子が伺えるだけなのですが、党大会の内容よりも大々的に報道されていたのがキツネ狩り廃止法案に反対する圧力団体のデモの様子。イギリスは動物愛護の見地からのベジタリアンが多い国(私のステイ先の女の子も小学生ながら筋金入りの動物愛護家&ベジタリアン。)でもあるのですが、伝統文化を守ろうとする風潮もまた根強く、伝統的なキツネ狩り存続を願うこの団体もここでは一大勢力となっているようです。そういえばこの後滞在することになるバーミンガムやカーディフでも、政府・行政関連施設前でシュプレヒコールをあげる反対派のデモを見かけました。何台もの大型バスで大挙して駆けつけ、スピーカーで怒号を交えながら自らの主張演説をする様は迫力満点。バーミンガム中心街でのデモでは、デモ隊に便乗して騒ぎたいだけの過激な若者たちも加わっているようで「近づくと危険だ」とクギをさされました。

 キツネ狩りについては、国際動物福祉基金等の動物愛護団体もその廃止を求める国際的なロビー活動を展開しており、英国内の新聞による世論調査でも国民の78%がキツネ狩りに反対しているというデータが示されていました。そんな中、今年の7月8日にブレア首相が国営放送でキツネ狩り廃止法案提出について発表し、法案が通過するか否かを巡る国会の今後の動きが注目されており、廃止賛成派・反対派ともにキャンペーン活動の継続を宣言しています。

(余談ですが、党大会も終わりに近づいた頃、「ブレア首相に会いたいね〜」などと大それた事を思い立った私たちは、ボーンマス中心街のあるパブに集合(事前に「そのパブに党関係者がよく来る」という情報を入手)。噂どおり首からIDカードを下げた党関係者がカウンター近くやテーブル席に。入るやいなや、すかさず関係者の中でも恰幅のいい方々の近くの席を陣取って聞き耳をすませていると、なんとこの店の奥の別室にブレア首相がいらっしゃるとのこと。一般客がいる場所にはお見えにはならないとわかってはいても、トイレを探しているフリで店内を探索する勇気もなく、閉店時間(11時)近くまで店にいましたが会えずじまい(裏口から帰られたのでしょうね)、残念。関係者の2〜3人とは意気投合してしばらく一緒に飲んでいましたが...。)

ウエストボーン地区

ウエストボーン地区のSEAMOOR通り

<パブでの楽しみ方いろいろ>

 「Itユs a poor street without a pub in it.(パブの1軒もない通りは通りとは言えない)」ということわざがあるほど、英国民に親しまれているパブ(英国滞在中は各都市でお世話になりました)。ウェストボーン商店街に面したSeamoor通りの両端にもパブがそれぞれあり(2軒間の距離は100m足らず。)、授業が終わった後クラスのみんなで飲みに行ったり、クラスメイトの送別会(キングスカレッジは1週間単位で生徒を受け入れているため、最短1週間で帰国する人、1年以上滞在する人とさまざま。)を開いたりと、週3回(昼休みのランチを含め)は利用していたため、店員さんとはすっかり顔なじみに。

 2軒とも料理がわりと美味しくて(血抜きの足りないステーキやキドニーパイはその臭みが苦手でしたが)、サラダバーやホットディッシュコーナーも充実。メニューの料理名だけではわかりにくいものも実際見てからオーダーできます。飲み物のオーダーはカウンターでキャッシュアンドデリバリー方式。ビール・エールは通常パイント(568cc)かハーフ・パイント単位で注文するのですが、「英国では女性がパイントグラスで飲むのは好ましくないとされている」というガイドブックで読んだ戒めの言葉が頭をよぎり、とりあえずハーフパイントグラスで注文。ところが、周りを見渡すとパイントグラスでグビグビやってる地元女性があちこちに。大阪市からの女性と「郷には入っては郷に従えっていうけど、どっちに従えばいいんだろうね?」としばし思案。

 それぞれの楽しみ方で夜のひとときを過ごす老若男女(18歳未満を除く)で連日パブは大盛況。飲食のほか、大型スクリーンやTVでフットボールの試合(一番人気はやはりマンチェスター・ユナイテッド戦。)やクイズ番組(「ミリオネイヤー」は英国の超人気&長寿番組。最近は日本にも類似番組がありますね。)を観る人、スヌーカー(ビリヤードとの違いが未だ理解できていません。)やダーツ、スロット、ピンボールに興じる人、生バンド演奏に聞き入る人とさまざま。カーディフではその他に、スキトル(ボーリングに似た競技で、ボール(ソフトボールより一回り大きいサイズ)・ピン・レーンのすべてが木製。個人ではなくチーム競技だそうです。)があるパブやゲイ・パブも見かけました。

 英国のパブは、もともと旅館だったところ、食堂だったところ、街道筋を走る駅馬車の駅だったところ(カーディフにずばり「Station」という名のパブあり。)、芝居小屋や公共の寄り合い所(「Public house」という正式名称に納得。)だったところと、その起源は様々。何世紀もの伝統を誇るパブもあり、「The Kingユs Head」や「The Crown」など王室がらみの名称や地方の特色・歴史を反映した名が付けられているものも多く見かけられます。しかし、昨今のチェーン店(「レッド・ライオン」や「オニール」など)の増加に伴い、伝統からかけ離れた名前のパブの増加とともに(メニュー・味を含め)地域の特性が失われつつあると年輩の愛好者は嘆いているそうで、その名称の正当性を巡っての論議が国内で白熱しているそうです。

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