イギリス自治体事情 3 バームンガム篇
ナローボート
バーミンガムのナローボート
バーミンガム編

<国際・多文化都市バーミンガム>

 10月第2週目から18日間、ハート・オブ・イングランド(イギリス中部)にあるバーミンガム大学の地方自治体研究所で英国行財政の講義を受けることに。キングスカレッジのポーラ先生によると、バーミンガムはかなり訛りがきつい土地柄とのこと。大学では全講義のレポート作成ということもあり、不安と期待の入り交じった気持ちを抱えつつボーンマスを後にしました。

 大学の宿泊棟ガースハウス到着は夕刻近く。荷物を各自の部屋に置き、今回の行財政研修担当のフィリップ・ナントン教官に案内していただいて大学構内を散策。バーミンガム大学は、創立がビクトリア女王最晩年の1900年という伝統ある大学で、英国の伝統ある大学の象徴「赤レンガ学舎」のはしりとのこと。広大なキャンパス内には、書籍・文房具店、理髪店、旅行代理店、コンビニ、パブ、ATMなどの生活全般をほぼ網羅する設備が整っていて、とても便利。構内のどこからでも大学のシンボル時計塔が見え、おかげで迷子にならずにすみます。また、構内西側を縦断して鉄道が走り、University駅から中心街のニューストリート駅へは電車で数分の距離というアクセスの良さ。それと何といっても助かるのが、図書館とジャパンセンターに置いてある日本の新聞。現地の新聞・テレビで日本のことが報道されるのは非常に希で、ボーンマス滞在時は週末ロンドンに出かけるクラスメイトに、日本の新聞を買ってきてもらうよう頼んだものでした。

 その夜、ケン・スペンサー教授をはじめとする地方自治体研究所の方々のご厚意で歓迎レセプションが催され、教授陣に囲まれ緊張しながらも長時間の移動の疲れが癒されるひとときを過ごしました。(さらにここの食事は素晴らしく(しかも毎食デザート付き!)、1週間後には体重増加に悩む研修生が続出。)

 翌朝は休日にも関わらず、バーバラ・スミス教官が市周辺のガイド説明をしてくださいました。ニューストリート駅近くでバスを降り、繁華街を抜けて運河の船溜まりまで歩くことに。目抜き通りのニュー・ストリートは歩行者専用道になっていて、少し歩くとエドワード王朝・ビクトリア朝時代の建築物が多く見られるビクトリア・スクウェアへ。

 18世紀の産業革命発祥の地として名高いバーミンガム市は、世界の鉄鋼・自動車産業の工場として一大発展をとげましたが、1970年代からの不況で重工業が著しく衰退。近年は重工業への過度の依存から脱却し、電気通信、金融、観光といった産業振興などの産業構造のソフト化が進んでいます。また空港や高速道路への抜群のアクセスの良さから、英国を代表する国際会議センターやシンフォニー・ホール、国立室内競技場(ちょうど国際柔道選手権開催中で、シドニー五輪で旗手を務めた井上選手が見事優勝!)、世界最大級の国立展示場などが集約される一大複合文化拠点でもあります。ほかにもキャドバリー・ワールド(チョコレート製造過程や歴史についてマルチメディアで体験学習できます。)やアストン・ビラ(‘99英国プレミアリーグ6位)の本拠地ビラ・パーク、水族館などもニューストリート近郊に。

 歩行者橋(スロープ状の斜張橋で車椅子も通行可能。)を渡りきると、ブリンドレー・プレイスと呼ばれる運河地区が目の前に。ここは、重工業が盛んだった頃石炭輸送用に使われてきた英国の運河システムの「へそ」とも言える場所で、大西洋から内陸に入った運河の南北の分岐点でした。都心再開発事業によりここ数年で観光用に整備され、古いレンガ造りの倉庫群は昔の姿をとどめながらも美しく改装されています。観光客用のナロウ・ボート(夏には遊覧客船によるツアーも。)が行き交い、運河沿いには遊歩道、レストラン、パブ、ショップ街も整備され、市民や観光客の憩いの場所「都心のウォーター・フロント」として親しまれています。
 カフェで小休憩してから中心街の西側に待機していたバスに乗り込み、今度は街の北西部へ。バスの車窓から街並みを眺めていると、バーバラ教官から英国の住宅建築や生活様式、バーミンガムの治安等についての説明があり、それらに付け加えてちょっと慎重すぎるお約束ごとをいただきました。「中心街散策は明るいうちに。夕方6時には構内に必ず戻るように。」残念ながらボーンマスのようには気軽に外出できないようです。

 バーミンガムは産業が発達した便利な都市ではあるのですが、失業率・軽犯罪率がともに高く、中心街からさほど遠くない距離にスラム街もあります。ニューストリート北西部のJewellery Quarterとよばれる宝石職人街(英国全土の3分の1の宝石加工がここで行われ、約400社がこの地区に集中。)では、多発する強盗・盗難事件防止のために厳重な警備体制が敷かれているそうで、入口にテレビカメラを設置している宝石店の様子が車窓からも伺えました。貧富の格差や高い失業率は英国の社会構造が内包する深刻な社会問題ですが、こうした弊害を克服すべく行政サイド以外にも地域開発公社やNGO等による多角的かつ広範な取り組みが、ここウェストミッドランドをはじめとする広域行政区域で展開されています。

<ウェストミッドランド地域開発公社の経済戦略>

 ブレア政権は、99年4月にイングランドの8つの広域行政区域(North East, North West&Merseyside, Yorkshire&Humber, East Midlands, West Midlands, Eastern Region, South West, South East)に地域開発公社を設立し、次いで2000年7月には9番目の公社が大ロンドン市に発足。英国の地方分権というと、スコットランドとウェールズへの広域議会設置に目が向けられがちですが、上記の公社設立による地域連携への動きも見逃せません。

 各地域が独自の経済開発戦略を立て、地域内生産高増加、雇用創出、独自の土地利用計画策定、新規ビジネス創設等の地域全体のレベルアップを図ることを主要目的とするこれらの公社は、地域ブロック内の自治体や経済・民間団体の代表者、学識経験者等で構成される委員会により運営されています。

 ウェストミッドランド地域開発公社の愛称は「Advantage」。(愛称を冠した「Advantage West Midlands(AWM)」の名で呼ばれています。)空港、鉄道網、高速道路が整備された交通の要衝という地の利、ウェッジウッド等の陶磁器産業やトヨタをはじめローバー、プジョー、ジャガーなどの世界有数のメーカーが集中する一大自動車産業地域を抱える伝統的産業基盤の利点を活かし、他地域に一歩抜きんでる形で取り組みを進めていくという姿勢を明確に打ち出しています。

 AWMを構成する行政地域は、Hereford&Worcester、Shropshire、Staffordshire、Warwickshireの4つの自治体と、Dudley、Coventry、Sandwell、Solihull、Walsall、Wolverhamptonそしてバーミンガムを含む7つのメトロポリタン自治区。広域ブロック単位での公社設立の利点として、地域活性化方策の一本化による包括的戦略が可能となっただけでなく、EU構造基金(EU域内経済的不均衡の是正を目的とする。)等の各種基金が受けやすくなったことや、広範な地域単位への権限委譲により地域の意向を反映させやすくなったこと、企業家や経済団体との協働によりさらなる機動性・効率性の追求が可能となったことなどが挙げられます。

 AWMの雇用創出面での成果は、公社発足の99年から翌年までに新規枠を含めた24,946の雇用枠を確保しており、その他、経営相談を行った企業数は12,786、プライベートセクターへの投資は約2,700ポンド、地域間連施設の設立・改築数は279などの成果を上げています。しかしながら生産性でみると、9つの公社のうちEU水準に達しているのはロンドンとSouth East地域公社のみ。この課題に対しAWMは、貧困層が多数居住する地域や経済基盤が脆弱な地域、土壌汚染に喘ぐ旧産炭地を含む5つの地域を再開発地域に設定し、自治体のみならず企業・NGO等の民間セクターを含む地域連携を強化させながらターゲット地域の再開発に取り組んでいます。

<ボランタリーセクター訪問>

 大学の地方自治体研究所での研修でも、英国行財政の講義だけでなく近隣の自治体をいくつか訪問しましたが、ここで初めてボランタリーセクター訪問の機会を得ました。

○バーミンガムセトルメントの地域に根ざした活動

 大学からバスで約20分でほどなく到着。市街地北部に位置するバーミンガムセトルメントは、バーミンガム居住の貧困層世帯、特に移民系住民の救済を目的として少人数の女性グループにより設立され、ちょうどこの年が創立100周年。笑顔が素敵なスタッフのキャロル・ピアースさんの暖かいお出迎えと、ウェルカムドリンクの紅茶とスコーンのおもてなしに緊張もすっかりほぐれ、和やかな雰囲気の中で事業概要の説明を受けました。

 年間収入役250万ポンドのうち行政等公的機関から47%の資金援助を受けていますが、その使途や運営について制銀を一切受けない完全に独立したボランタリー機関。120名のスタッフと約250人のボランティアの協働のもと、地域に密着した幅広い問題に対処するために、本部事務所のほかに市内に5つの活動拠点を持ち、(ユ99年当時)24のプロジェクトを手がけるほか5つのチャリティーショップの経営も。

 職業指導訓練・能力開発支援サービスにおいては、技術習得や就業斡旋にとどまらず、女性への大学進学サポートやコミュニティ及びボランタリー活動への参加促進も図っています。また中小企業向けの経営相談だけでなく、個人向けの金銭問題・負債相談も面談形式またはフリーダイヤルで受け付けていて、このサービスだけは市内だけでなく英国全土(スコットランドを除く)からの相談に応じています。

 その他にも移民系住民の居住環境の改善や、就労支援のための託児所(生後3ヶ月〜就学児童対象。各事務所横に設営。)や高齢者デイケアセンター(事務所内外に設置され、送迎バスあり。訪問した事務所では、説明を受けた会議室の隣が高齢者憩いの部屋。10数人の高齢者の方々がちょうどカラオケパーティーの打合せをなさってて、とても賑やか。)の運営など地域ニーズにきめ細かく対応し、持続可能な自立したコミュニティの実現を目指しています。

○ Community Action & Support East Staffordshireに見る市民活動支援体制

 10月19日の訪問行程は泣けてくるほど盛りだくさん。午前中はイーストスタッフォードシャー・バラカウンシル訪問、その後市内の工業団地群周辺をバスで廻りながら(非常に聞きづらい)車内での説明の書き取りに追われ、遅い昼食の後はボランタリーセクター訪問と、レポート作成が思いやられる目まぐるしい一日。それでも、昼食場所がバスペールエール(世界初の登録商標「赤い三角形」が目印の濃褐色のエール。最近は日本でも手に入りますね。)のブルーワリー内のパブだとわかると、ちゃっかりと元気を取り戻す研修生一同。

 ブルーワリーに隣接する施設の一角がCommunity Action & Support East Staffordshire(略称CASES)事務所。ここはイーストスタッフォードシャーの個別ボランタリーグループを統括・支援するNPO連合体の一つ(アンブレラ組織又はインターミディアリー組織と呼ばれています。)で、英国では同様の組織が250以上も存在し、現在日本各地で設立されているNPOサポートセンターはこの組織形態をモデルにしています。

 イーストスタッフォードシャー内には約270のチャリティー登録団体(99年当時)があり、そのうちの約200団体がコミュニティへのサービスを提供。このように、環境、教育、福祉、芸術、スポーツなどの多様な分野で活躍するボランタリー団体の積極的活動を可能にするのが、法的にも税制面でもしっかり整備された英国のチャリティ法。この制度の下に、約17万の市民公益団体が所得税の免除や地方税の減額、印刷税の免除等の税制面における優遇措置を受けており、毎年約五千団体が登録申請を行っています。(CASESでは新規登録団体の調査と並行して、地域ニーズに合致する活動のための指導も行っており、CASES直接の傘下団体数は当時85団体。)

 CASESの主な活動として、NPO設立支援や運営スタッフへの研修、隔月発行のニュースレターによる情報提供、各種フォーラムの開催などの幅広い支援活動を展開しています。資金面では、イーストスタッフォードシャーバラカウンシル等の自治体からだけでなく、国営宝くじチャリティ委員会やロイズTSB財団、スタッフォードシャーコミュニティトラスト等のチャリティ団体からも補助金を受けています。(資金援助団体に恵まれているのも羨ましい限りです。)

 CASESはNPOを支援するNPOとして、公共サービスの提供における自治体との協働体制は保持しながらも、その運営自体は英国ボランタリーセクターの伝統に基づき「政府からの独立性」を確保しています。ただ、サッチャー政権下ではこうした伝統が危ぶまれた時期も。その当時、行政のスリム化・公共事業の民営化推進政策の下、ボランタリーセクターへの公共サービス委託が積極的に行われ、民間セクターの活動の場が飛躍的に拡大されたのですが、その反面、行政との委託契約関係を結ぶことによりボランタリー団体の活動に対する政府からの干渉やチェックがなされるという負の面も見られるように。メージャー政権下では、チャリティ法の改善や税制優遇措置の導入等が図られ一歩前進しましたが、政府と団体との関係は改善されないまま。この日の担当者からの説明でも、「完全独立しているはずなのに、イーストスタッフォードシャー側は何かにつけて干渉してくる。」というズバリ発言も。(臨席していたイーストスタッフォードシャー職員は苦笑いするのみ。聞いてる方が内心ヒヤヒヤでした。)

 しかしながら、ブレア政権は98年にボランタリーセクターの役割と独立性に対する積極的評価を謳った合意文書「COMPACT」(政府とボランタリーセクター間の役割分担や約束事が定められている覚書で、法的拘束力はないが双方無視できない紳士協定のようなもの。)を締結しているので、今後はこれに沿って具体的規則の制定や約束事の遂行確認などが両者間で行われるようです。

○英国グラウンドワーク・トラストに見るまちづくりのあり方

 最近、新聞等でその取り組みが頻繁に紹介されている英国グランウンドワーク・トラスト(以下「GW」)、ご存じの方も多いのでは?(最近地元の新聞で見かけたのは、GW運動に参加している英国の小学生が来日し、日本の小学生(福岡市、宮田町など)と共に環境再生について学び合うという交流事業の記事。)実際にGW方式を導入している地区への訪問は叶いませんでしたが、バーミンガム大学ジャパンセンター副所長で、英国GWトラスト本部研究員でもある小山善彦氏にお会いしてGWについていろいろ教えていただきました。

 GWの活動は、1970年代に都市近郊の農村地域で進展する環境汚染と景観破壊に対処するために、田園地域委員会が専門家を派遣して環境改善プロジェクトを実施したことに端を発しています。

 最初の実践地区はSt Helens市とKnowsley市(英国北西部リバプール市郊外)。当初この地区は、重金属による土壌・水質汚染が進み、街角にはゴミが放置され、失業問題や青少年の非行問題、農業と都市的利用との摩擦問題等の深刻な社会問題が山積みだったそうです。市議会議員、企業代表、大学教授や市民団体代表から構成される運営理事会と、理事会の決定事項を実践する所長以下3人のスタッフ、そして2つの市へそれぞれ派遣されたGW担当スタッフ。このパートナーシップの下に実施されたプロジェクト数は、82年発足当初から以後15年間で約800。(87年からは隣接するSefton市も加わり、スタッフ数も30人近くに。)今では団地内のゴミ捨場がポケットパークに、汚染された池が市民の釣り堀に変わり、遊歩道やサイクリング道が整備され、野草の花を咲かせる運動も各地へと。子供たちが運河の植生調査や植林に参加し、石炭公社からの委託により地域住民を交えてのボタ山の緑化事業も進んでいます。その他、企業と学校の連携プロジェクトや野外彫刻(地域の歴史を枯木に彫り込むもの等。公募採用のスタッフの中にはデザイナーも。)、農家の経営調査とビジネスアドバイス、企業敷地の環境改善などの多彩なプロジェクトが手がけられています。

 このようにGWのユニークな点は、行政・企業・市民セクターのどれからも距離を置き、これら3つのセクターと対等の関係で協力し合うことにより、従来困難とされたパートナーシップを実現させたこと。行政サイドが資金援助(特に人件費助成)により支援し、企業からも事業資金及び物資等の提供を受け、プロジェクトの提案者である市民を地域リーダーとして育成しながらプロジェクトが進められます。

 さらに特筆すべき点は、地域再開発のみを目的とするのではなく「市民への教育・啓発活動」や「コミュニティの能力開発」もGW活動の根幹を成していて、中でも次世代を担う青少年向けの環境教育プロジェクトが各種実施されていること。単に「環境」そのものについて学ぶのではなく、実社会の仕組みの中でどのように環境問題が発生し、その解決のためには何が必要とされるかを子供たちに学ばせることに重点が置かれています。

 また、どうしても景気に左右されがちの企業の支援体制ですが、GWプロジェクトにおいては企業側が自社の方針と経営状況に合わせて無理なく参加できるよう、様々な参加形態が選択できます。例えば、現金寄付だけでなく資材提供や施設等の貸与、役員の理事としての参加、企業敷地の一般への開放、広報など実に様々。特に中小企業に対しては、企業敷地の環境改善やスタッフの環境トレーニング等のサービスを提供して、参加することで企業側も利益が得られるようになっています。

 日本でも95年に農林水産省、環境庁、国土庁、郵政省、自治省の5省庁共管により「(財)日本グラウンドワーク協会」が発足し、これに合わせて英国GWトラスト本部内に「ジャパン・ユニット」が設置され、日本でGW運動を展開する体制が整えられました。現在日本各地で100を超す地域環境団体や地方自治体が賛助会員となり、GW方式を参考に新しいまちづくりに取り組もうと積極的な関心を寄せているとのこと。日本型GWの今後の活動が楽しみですね。ちなみに英国GWからの訪問を受け入れた福岡市の小学校では、一昨年から校区内のため池を調査し、生物の生息分布や池底に溜まった放置ゴミについての学習を進めていたことが今回の交流のきっかけだったそうで、今後もメール交換などにより交流を続けていくそうです。

<ウォーリックシャー県の高齢者の社会参加支援体制>

 バーミンガムでの生活でもうひとつ困ったお約束ごと、それは毎週金曜の朝には荷物を丸め部屋を明け渡さなければいけないこと。各種学会が毎週末びっしり催されるこの時期、出席者の宿泊場所を確保するためだとかで、交渉の余地がありません。バーミンガム周辺には、シェイクスピアの故郷Stratford-upon-Avonや近頃人気のCotswolds地方、ウェッジウッド等陶磁器の里Stoke-on-Trentと週末の滞在場所には事欠かないのですが、問題は視察先から頂戴する日に日に膨らむばかりの資料の山をいかにパッキングするか。(よほど困ったときは10kg単位で日本へ郵送。ギルドホールの購買部が郵送・宅配サービスをしていて大助かりでした。)

 週末の滞在先を決めかねている週半ば、ウォーリックシャー県を終日訪問。ここはStratford-upon-Avonからもバスで行ける距離で、街の中心部には中世城建築の傑作のひとつとされるWarwick城を有し、昔ながらの佇まいを残す美しい街。英国中部に滞在するなら一度は足を伸ばしてみたいスポットです。

 ウォーリックシャー県では主に、防災対策や高齢者対策、都市戦略などについての説明を受けました。町を流れるエイヴォン川は、水辺に咲く水仙の花など季節ごとにみどころがあり、美しい川辺の情景を愛する市民のたっての要望により、昔からの川幅のまま保全されていますが、そのため過去数十年おきに水害に見舞われ、98年4月にも川の氾濫により死亡者もでています。しかし、水害が起こるたびに川幅を拡張して護岸工事を施工するという計画が上がるのですが、市民からの強い反対により計画実施に至らないとのこと。
(99年に福岡市も水害に見舞われ、他都市の防災対策がついつい気になっていた時期でしたが、英国人の防災と環境保全に対する考え方については少々驚きでした。)

災害対策パネル

災害対策パネル

 ビュッフェ形式の昼食をいただいた後は、プロジェクトマネージャーのエリザベスさんによる高齢者対策の説明が再開されます。現在英国では他のどの欧米諸国よりも高齢化が進行していて、2010年には85歳以上の高齢者数は現在の3倍となり、4人に1人が60歳以上となると予測されています。そこで来るべき高齢社会に備え、高齢者への各種サービスの改善を図るために、英国政府は「高齢者のためのより良い行政プログラム」という2年計画の実践研究プログラムを全国レベルで実施。このプロジェクトには医療福祉サービスに限らず、高齢者向けの情報提供方法の改善(大きな文字でわかりやすいニュースレターの作成や、アクセスしやすいウェブサイトの開発など)や、高齢者の社会参加の機会を促すためのサービス向上(年金生活者への無料バスサービスや文化施設への入場無料サービス、再就職のための職業訓練など。)も含まれます。(今現在は実施段階に移行している頃でしょう。)

 ウォーリックシャー県では、人口約498,700人(99年当時)のうち60歳以上の高齢者の占める割合は20%を超過。高齢者率の高さからこの県は、上記の「高齢者のためのより良い行政プログラム」実施の81のパイロット自治体の一つに選ばれていて、50歳以上の年齢層をターゲットに「生活の質の向上」「積極的な社会参加の促進」「地域コミュニティへの参加」という3つのテーマのもとに、高齢者が自立した存在として充実した生活を送るための各種政策に全庁的に取り組んでいます。

 プロジェクトの中で興味を覚えたのが、第三テーマ「地域コミュニティへの参加」の世代間の相互理解促進事業。これは孤立した生活を送りがちの高齢者が、地域コミュニティに積極的に参加しやすい状況づくりを図るものですが、単なる地域行事への参加だけではなく高齢者の豊富な人生経験を積極的に活用するプロジェクトが主眼です。例えば、「高齢者による児童・青年層支援ボランティア事業」では、失読症の子供や両親を亡くし里親と同居している子供、学校に通えない子供等のフォスターグランドペアレントとして、高齢者が子供たちを育成・支援します。また、「学校への高齢者ボランティア採用プロジェクト」では、高齢者の人生経験や大人としての果たすべき役割の模範を教育を通して児童に伝えていくことにより、世代間の相互理解と子供たちへの教育の充実を図ります。その他イベント事でユニークなのは「高齢者・若年層協同芸術プロジェクト」で、写真・絵画展や彫刻・工作展等のイベント開催により、それぞれの世代の表現方法や視点の違いをお互いに学び合うことを目的としています。

 第一テーマ「生活の質の向上」の交通機関利用サービスでも、その具体策には参考にすべき点があります。家に閉じこもりがちになる高齢者に、積極的に外出し公共施設を利用することで社会的自信を高めていただくことを目指すうえで、無料(もしくは低額)パス券発行は言うまでもなく、停留所以外でも利用できるFlexバスサービスや、公共路線のない場所への移動手段としてローカル郵便局の配達用バスの活用、ボランティアによる送迎サービス(電話で依頼を受けるので「Dial-a-Lift」と呼ばれています。)など、地域が一体となって高齢者の社会参加を支援するきめ細かいサービス提供を図っています。

 こうしたきめ細かいサービスの立案・策定には、県庁内の部局や国の保健局といった行政側だけでなく、地域代表者やボランティア関係者、少数民族コミュニティ代表者、大学関係者等によって構成されるプロジェクトチームが携わっていて、さらに、高齢者代表に協議会等での意見聴取だけでなく、このプロジェクト実践のすべての過程に積極的に参加していただくことで、高齢者側の具体的で多様な要望の把握に努めています。

 さて、古き良き時代の美しい景観をとどめたこのウォーリックの町をすっかり気に入ってしまった私。昼食時間にこの町の見どころについて県の方にお尋ねしていたら、帰り間際にその方が街中心部の地図やB&Bのリストをくださり(その心配りに感激)、週末の滞在先もこれで確定しました。この町の見どころはやはり、エイヴォン川を見下ろす丘に険しくそそり立つWarwick城。1068年にウィリアム征服王の命によって築かれたこの城塞は、中世英国貴族の権力と野心の象徴として英国史にくっきりと足跡を残しています。ジャンヌ・ダルクの裁判進行を監督したリチャード・ド・ビーチャム(第13代城主)や薔薇戦争の中心人物リチャード・ネヴィル(第16代城主。その政略的な手腕から「キングメーカー」との呼び名が。)など代々のウォーリック伯爵の手を経て、1978年に先代デヴィット・グレヴィル伯がマダム・タッソーグループに売却。美しく整備された庭園や贅を尽くした調度品で彩られた豪華宮殿、地下牢・拷問室・兵器庫等を含む城門塔(ゴースト・タワーもあり)など、歴史・庭園散策がお好きな方にはおすすめかも。(塔の昇り降りは体力勝負。ただ個人的には蝋人形がない方が...。)(了)

<ボーンマス篇へ戻る>