武相荘(ぶあいそう)

2005年の夏、Y夫人に借りて読んだ伝記「風の男 白洲次郎」を読んで白洲次郎を始めて知り、その生 涯に感銘を受けたものである。彼には「ジーンズを始めてはいた日本人」、「マッカーサーを叱った男」、「従順ならざる唯一の日本人」、「通産省を設立して 戦後の日本復興の礎を作った男」、「地位にこだわらない風の男」など多くの代名詞がある「カッコイイ男」である。

武相荘は白洲次郎・正子夫妻が敗戦を予期し、戦後の食料難を乗り切るために太平洋戦争中から土地を求めて移り住んだ町田 市能ヶ谷町の旧白洲邸である。英国に駐在し、英国流の生き方を知っている身にとって武相荘を訪問することは白洲を知って以来の懸案であった。ようやく桜の 季節の2006年3月30日に彼を教えてくれたY夫妻と共に訪れることができた。小田急線鶴川駅から歩いて15分くらいのところにある。

以前、横浜市青葉区のつつじヶ丘に住んでいたころ、川崎市麻生区のグリーンテニスクラブのメンバーになっていて鶴川界隈は懐かしいところであった。この 25年でますます宅地化され、駅前も発展しているようだ。

武相荘の長屋門

武相荘は武蔵国と相模国の境界にあるので自らそう名付けたという。 英国貴族が住むカントリーハウスに相当し、戦後政府に関わるようになってからはタウンハウスを東京に持つようになる。

白洲次郎・正子夫妻亡き後も武相荘は広大な敷地の中にある。長屋門前で記念撮影。

彼がケンブリッジ留学時代乗り回したベントレーやブガッティを町内のとある人が保管して いる。 そういえば昔、天然ガス液化プラントを発注してくれた英国石油のエンジニアがメカ・キチで一生独身を貫き、ロンドンの自宅の居間をガレージに改装してベン トレーと一緒に生活していると聞いたが、熱烈な執着心をかきたてる逸物ではある。

ベントレー (2010/2撮影)



ブガッティ (2012/10撮影)

武相荘は最近はバスで乗り付ける観光客もあって観光地化した。農家を改装した屋内には夫妻の遺品や蔵書があふれている。 買い取った農家のかっては牛を飼っていた土間は床暖房を組み込んだタイル張りの居間に改装されていてセンスがいいなと感じた。

広大な敷地の裏山を越えたところには 娘家族の牧山家が住まうと思しき豪邸が林の中にたたずんでいた。

土産として「プリンシプルのない日本」、「白洲次郎の流儀」の2冊 を購入。

March 30, 2006

Rev. October 23, 2012


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