揚水発電

東京電力は9ヶ所の揚水発電所をもっている。 電力需要は週末の夜間は極端に低く、夏の昼間には極端なピーク需要がある。そこで標高差のあるダムを二つ造り、夜間に下のダムの水を上のダムに水車を逆転 させて揚水しておき、昼間、これを下のダムに落として発電するというのが揚水発電所だ。高度成長時代には安価なガスタービン発電機がなかったのでピーク電 力需要に対応するために揚水発電が採用された。

その後、1981年頃から原子力発電所が沢山建設されたにもかかわらず1990年代に電力需要の伸びがとまり、電源構成のなかの原発の比率がたかまった。 これを受けて揚水発電の役割は原発の夜間の余剰電力を蓄えてピーク電力需要に対応するためとして再定義された。しかしその後、高効率LNGコンバインドサ イクル発電が実用化され、ピーク需要対策としての蓄電器として揚水発電はコスト的に見合うのかという疑問はある。これはグ ローバル・ヒーティングの黙示録でいずれ検討する予定である。

今後、風力とかソーラーセル電力の比率が増えれば供給は不安定になる。天然ガスがある間は揚水発電の後で技術が確立したLNGコンバインドサイクル発電で ピーク電力供給するのが安価であろうが世紀末になって天然ガスが枯渇すれば蓄電の必要が高まる。このとき二次電池が安いのか、揚水発電が安いのか興味のあ るところだ。

運転開始年 名称 完成時出力(万kW) 落差(m)
1965 矢木沢 24 111
1969 安曇 31.2x2 134.9
1969 水殿 24.5 80
1981 新高瀬川 32x4 241.7
1982 玉原 30x4 524.3
1988 今市 35x3 539.5
1994 塩原 30x3 500
1999 葛野川 40x(2+2) 728
2005 神流川 47x(1+5) 675

東電の9つの揚水発電所のうち4つの発電所は登山などで目撃し、3つは見学しているので紹介する。

葛野川(かずのがわだむ)揚水発電所

2003年10月末、大菩薩嶺 に登山のおり、眼下に横たわる人造湖がいやがうえにも目にはいる。上日川ダムによって造られた人造湖は大菩薩湖と呼ばれている。このダムは集水面 積の小さな人造湖であると不思議に思ったのだが、東京電力の揚水発電用のダムであるとの看板が大菩薩峠にあった。

揚水発電用なら上下二つのダムのセットが必要と思うのだが、日川沿いの下流には見当たらない。どうなっているのだろうと 疑問をもって帰った。

昭文社の登山用地図をじっくりながめていると2,000m級の小金沢連嶺を越えた東隣、約8kmにある重力式コンクリー トダムである葛野川ダム(標高差740m)がある。これとセットになっているのではないかと気が付いた。落差は720mある。地図をさらにくわしく見ると 葛野川発電所というものが小金沢山(2,014.3m)の東面の標高1,180m地点に点で示されている。どうも発電所は地下にあるように推察される。上 日川ダムより東方4kmの地点である。圧力水管を通すトンネルが小金沢山を貫通しているようだ。これで上日川ダムの東側に巨大な取水塔があった謎も解け る。葛野川地下発電所と地図上に印された地点の地表は葛野川ダムの水面より440mより高い。従って発電所は葛野川ダム水面と同じレベルの地表下440m 以下にあると推察される。水車下流は約4kmのほぼ水平のトンネルとなっているのであろう。

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 雷岩より見下ろす上日川ダム 2003/11/1撮影

とここまで推論したところでYahooに葛野川発電所と入力して検索するとでてきた。オーナーの東京電力のページ によれば東電にとっては8番目の揚水発電所であるとのこと。ほかにも出力130万キロワットの新高瀬川発電所が北アルプスにある。発電用有効落差は 714mとあるから6mの誤差で推論したことになる。

葛野川発電所は世界最大の落差を持つ揚水発電所だそうである。(落差では依然1位だが出力ではいずれ1基47万 kWに神流川発電所にその地位をゆずる)1基40万キロワットのモーター・発電機には500rpmの可変速単段スプリッターランナ型フランシス水車が直径 1.1mのシャフトで直結されている。水車上流の水圧は71気圧となる計算だ。4基がすべて設置されれば160万キロワットになるという。地下発電所は実 際には地表から500mの深さにあるという。ということは揚水に使うポンプ・水車のNPSH(net positive suction head)は60mあることにある。

葛野川発電所からは小金沢連嶺をぶち抜く水圧鉄管を通す直径8.2mのトンネルは上日川ダムから小金沢の東側山腹 に到達するまでは水平に掘削し、この地点から急傾斜で直径4.8mの鋼管で葛野川発電所に下っている。水車前は直径2.1mまで絞って流速は毎秒70mと なっている。地表から約500mの地下発電所は高さ54.0m、幅34.0m、長さ210mの空洞に収納されている。この地下空間を掘削施工したのは鹿島 建設。発電機は東芝、三菱重工、三菱電機製である。

東京電力の新潟、柏崎・刈羽原発で発生させた電力は東京大停電後の昭和63年に建設された群馬ー長野県の県境を南 下する全長250km、鉄塔の高さ130m、50万ボルト (設計電圧100万ボルト)の送電線で火力発電所空白域の東海地方に送られている。この送電線は標高2,112mの御座山の近くを南下しているので上日川 ダムはほぼこの南にあることになる。

まえじまてつお氏(故人)は「大菩薩は何度か足を運んでいます。景色もそこそこ見慣れていたのですが、ある時、突 如眼下に大きな湖が出現し、びっくりしました。それが日川ダムだと分かったのは、3年位前地下の葛野川発電所を見学した時でした。松姫峠への細い国道から 東電の車に乗って私道に分け入り、長いトンネルの向うに突如現れた巨大空間、そこに鎮座する発電機/揚水ポンプ、SFの世界に紛れ込んだような感じでし た」と語っている。

上 日川ダムー葛野川発電所ー葛野川ダムの関係は長崎大学のHPがわかりやすい。

2008年12月2日、東電OBのI氏と連れ立って葛野川発電所を見学した。I氏は火力と原子力部 門に在籍した方である。いままで揚水発電には関係していないというので勉強のためにでかけたという。

揚水発電の揚水時の消費動力Wiは流量Q、落差H、流路損失を含むポンプ効率をηiと すれば

Wi=QH/ηi

発電時の出力Woは同じく

Wo=QHηo

電力の回収効率Wo/Wiは71%だという

Wo/Wi=ηηo =0.71

ということは29%の損失はすべて水温の上昇となるわけだ。 この数値には流路の損失も含まれている。

ポンプ効率はタービン効率より少し低いとのことだが、ほぼ同 じとし、流路のロスをゼロとするとそれぞれ84%の効率ということになる。

葛野川は現時点では40万キロワットが2基だけだが、将来は4基になるという。

建設費は上下のダムと2基の発電機込みで3,500億円(建設単価438,000円/kW)、4基が完成すると3,800億円(建設単価238,000円 /kW)で既設原発の建設単価230,000円/kW、耐震の新設原発278,000円/kWと同程度である。

揚水ベースの稼働率は28%だという。それぞれの発電機の年間稼働時間は

  揚水時間 発電時間
一号機 740h 950h
二号機 1110h 900h

ただしフル運転とはかぎらない。

まず下のダムの葛野川ダムを見学した。水道用の深城ダムを見ながら更に上流をめざして松姫峠に向かう。目下松姫トンネルを掘削中でこれが完成すれば小菅村 や鹿倉山(ししくらやま)が近くなる。重力コンクリート式ダムで沢から流れ込む雨水は下流に向かってダムの右脇にパイプを添わ せてダムをバイパスさせている。

それでも上のダムに流れ込む雨水で増える水は放流することになる。揚水発電所の水車や流路の損失で温度上昇した水は表層は20oC 以上、底は10oCである。下流の生物に影響を与えないように適温の深さの水を選んで放流させる仕掛けをダムに造りこんである。そ してその水量は少ないが、ちゃんと小型水車を回して発電している。下の写真のダム底部の小屋がそのタービン室である。

満水時はこのコンクリートダムは1cm下流にたわむという。上の中央土質遮水方ロックフィルダムのたわみは8cmとのこと。

葛野川ダム 2008/12/2撮影

見学者は葛野川ダム近くから地下発電所に機器を搬入した地下トンネル経由で地下発電所にアクセスするようになっている。このトンネルは途中に地下ケーブル から空中線に切り替わる地点で開閉器を地表に運び出すために傾斜8度で登り、再び傾斜8度で地下発電所でくだっている。

発電所は無人で、一号機だけが運転していた。1号機は日立、2号機は三菱重工製。2基ともインレットベーンで流量制御は するが、直流励磁発電機でグリッドの周波数に乗る定速機である。3,4号機のメーカーは東芝と決まっているそうだ。3,4号機は交流励磁発電機で可変速機 であるため系統の周波数制御の一翼を担うことになるという。

揚水に切り替えるときは圧縮空気で水車を空にしてから電力を送って回転を開始で定格回転数に達してから水を注入する方法が採用されている。

地下発電所 2008/12/2撮影

オーバーヘッドクレーンは300トン、同期式発電機、ベアリングの潤滑油などは水冷式である。揚水と発電の切り替え用の開閉器などがすべて一つの円筒状ト ンネルの中にある。発電機からでる3本の1.6万ボルトのバスはアルミ製の中空の管を3つの碍子で鋼管の中に支持した方式である。50万ボルトのケーブル は 架橋ポリエチレンの絶縁被覆で覆われた銅線である。

神流川(かんながわ)発電所

wakwak山歩会で 御座山(おぐらやま)登山の時、東方の木の間に真新しいロックフィル・ダムを発見した。尾根に近いところに あり降雨面積はダム面積の10倍程度でしかない。 すぐ近くに柏崎刈羽原発と大菩薩嶺にある160万キロワットの葛野川揚水発電所を結ぶ設計電圧100万ボルト実用50万ボルトの高圧送電線西群馬幹線が 通っているので純粋な揚水発電用ダムと見受けた。

御座山南ピークより南相木ダムを望む

しかし下のダムはどこにあるのだろう。下部ダムは下山して「滝見の湯」のパンフレットでみつけた。それは群馬県の上野村にある上野ダムであった。 重力式でハザマ・飛島・日本国土・戸田共同企業体が建設。ちなみに上部ダムである南相木ダムの建設は前田・大成・大林・青木JVが担当した。

発電所は神流川発電所といい、日航機が墜落した御巣鷹山(1,639m)の地下500mにある。発電所本体と周辺トンネルの工 事は鹿島が担当。地下導水路とサージ用縦抗は熊谷組・大日本土木共同企業体が建設。東芝製の 回収効率が葛野川より3%向上するスプリッターランナ型フランシス水車発電機を6台設置予定である。完成すれば揚水発電所としては葛野川 を越えて世界最大の設計最大出力282万キロワットという大容量となるという。最大使用水量は6台合わせて毎秒510トン。有効落差は653メートルで葛 野川揚水発電所に次ぐ。2005年12月より1号機が完成し運転を開始。残りの5台は現在建設中であるという。南相木ダムの完成は南相木村に固定資産税収 入をもたらし、2006年度は地方交付税を不交付としているという。南相木村がリッチな謎が解けた。

新高瀬川発電所

若き頃、北ア ルプス裏銀座コース縦走の出発点とした七倉ダムの上流に20年前に建設された高瀬ダムと地下に建設された新高瀬川発電所を2006年5月29ー 30日、中学時代の同級会方々見学した。新高瀬川発電所は原発が 必要とする揚水発電所である。七倉ダムを下部ダムとし、高瀬ダムを上部ダムとして落差は約241.7mである。発電能力は128万キロワットでアルプスの 反対側にある黒4ダムの4倍である。

七倉ダムと高瀬ダムはロックフィル・ダムである。一般車は七倉ダムまでしか入れず、その上流の高瀬ダムと地下に建設された新高瀬川発電所には東京電力管理 道路を使わねば行けない。高瀬川テプコ館に予約を入れ、そこからガイド付きの専用車に乗り換えてのみ現地入りできる。登山者が歩く分は自由とのこと。

東京電力管理道路は一車線で交互通行である。トンネルをいくつか通って高瀬ダムに至る。高瀬ダムのアウターシェルの上にジグザグの自動車道がつけられてい て、我々の乗ったTEPCOの小型バス、契約しているタクシー会社のタクシー、ダンプトラックが隊列を組んでダム壁面を登る。

ダム上部からは奥に槍ヶ岳がみえるそうだが、当日は雲の中であった。高瀬川には多量の土石が流れ込んで、ダムを埋めてしまう。特に不動沢が激しい。何十台 というダンプトラックで運び出しているのを目撃したので聞くと毎日のことだという。よくよく考えてみれば山は侵食で崩れて、河川が土砂を海に運び、海溝を 埋めて初めて日本列島が維持されているのだということに思い到る。ダムを作ることは自然の摂理に反しているのだ。西欧近代文明の限界が見えたわけで別の方 策を考えねばなるまい。

玉原発電所

2006年6月19ー20日、wakwak山歩会で上州の玉原湿原を訪れたとき 玉原湖はロックフィルダムで東京電力の説明版によれば揚水発電所の上部ダムとなっているという。下部ダムはその北にある利根川水系の藤原湖である。発電所 は地下にあり、玉原発電所とい い、有効落差518m発電量120万キロワットということだ。

玉原湖

グローバルヒーティングの黙示録

November 2, 2003

Rev. JJune 5, 2013


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