読書録

シリアル番号 1352

書名

サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福

著者

ユヴァル・ノア・ハラリ

出版社

河出書房新社

ジャンル

歴史

発行日

2018/9/10第59刷

購入日

2018/10/06

評価



原題:Sapiens A Brief history of Mankind by Yuval Noah Harrari

筆者はオックスフォード大をでた歴史学者でヘブライ大で教えている。

2年まえから書店にならんでおり、パラパラめくって買おうかとなやんで、思いとどまった記憶がある。今回第59刷となっているのに気がついて購入。「銃・病原菌・鋼鉄」以来の良著。

過去200万年間、あまた居た、人類亜種が脱落してゆく中、われらホモサイピエンスだけが残った。なぜか?脳が大きかったからか?否、脳は体の体積比では 2-3%に過ぎないのに全消費量の20%もエネルギーを浪費する機関で大きいだけでは負担が重いだけ。道具の使用と言語、学習能力、階層がある複雑な社会 構造、火の利用が理由だという説もあるが決定的ではない。動物社会も階層があるが、これらは遺伝子によって規定されている。そしてその群れの最大数は 150である。著者はホモサイピエンスは虚構を構築できる能力によってより帝国に至る巨大で複雑な社会を構築できたとする。虚構とは人々の集合的想像の中 にのみ存在する共通の神話に根差しているとする。これを認知革命という。認知能力は生物的制約に縛られているが、虚構を発明する認知革命によりゲノムの制 約から人間は開放されて多様な行動をとれるようになった。

ここまで読むと私が集めた「公的ウソ集」 はまさに日本帝国の再興を夢見る神話創造だったとわかる。しかし一時期世界帝国構築に役立ったキリスト教や共産主義程の説得力がないので一部の少しオツム の弱い人間にしか幻想を抱かせることに成功していない。「ウソ」という語は品がないので「公的神話集」とか「公的妄想集」とか「公的虚構集」と呼んだほう がいいかもしれない。海上自衛隊で自衛艦旗として使用されている旭日旗を韓国がきらうのも、日本がこの旗を降ろさないのもこの妄想がなせる業だ。安倍一派 が大好きな新しい歴史教科書をつくる会から袂を別った育鵬社の歴史教科書は大和政権は仁徳天皇稜のような巨大構築物を作れる力があったから当時の日本の中 心となったと書いてあるそうだ。他の教科書は当時の大和政権は朝鮮半島の鉄の素材の流通の中心となりえたことで富と力を得たと書いてあるという。どちらが 絵空事はすぐに分かる。

200万年間、人類は全員狩猟採集民であった。そして最後の1万年めにようやく農耕民となった。それから出現する牧夫、肉体労働者、事務員よりも 狩猟採集 民は快適で実りの多い生活様式を維持していた。狩猟採集民は35-45h/weekだったが、現在の社会で45-50h/week働く。これはホモサピエ ンスにとっては一種の詐欺みないなものだった。穀物は貯蔵ができ運搬が可能のためますます強制的に働くハメになった。残された人骨から狩猟採集民のほうが体格は良かったことが分かる。現在ではデンプンはアミラーゼで液糖 に分解され、あらゆる食品に添加されていて糖質の過剰摂取になって健康を害している。

農耕民が生み出した余剰食糧と新たな輸送手段が組み合わさって村落は町に最終的には都市に人が密集して住めるようになった。秩序をいじするために法(おきて)が必用になった。ハムラビ法典はその先駆けだ。

ハムラビ法典の系列に連なるアメリカの独立宣言;我々は以下の事実を自明のものと見なす。すなわち、万人は平等に造られており、奪うことのできない特定の権利を造物主によって与えられており、その権利には、生命、自由、幸福の追求が含まれる。

生物学の用語に翻訳したアメリカの独立宣言:我々は以下の事実を自明のものと見なす。すなわち、万人は異なった形で進化しており、特定の特徴を持って生まれ、その特徴には、生命と快感の追求が含まれる。

アメリカの独立宣言は「想像上の秩序」のためにかかれたもので生物学上の表現が正しい。しかし人権という神話を信じれば社会は崩壊せず機能する。ハムラビ 法典は神話だが、じつは人権も神話なのだ。くもにもチンパンジーにも自然権がないと同じくホモサポエンスにも人権などない。

想像上の秩序を守るためには軍隊、警察、裁判所、監獄などをつかって人々に暴力で秩序を強いることが必要となる。とはいえ暴力だけでは想像上の秩序を維持 できない。信じているコアの人間が必要となる。中世ではキリスト教会の神父、現代では資本主義を信じる投資家と銀行家が必用となる。

法の次に人類は書記体系(スクリプト体系)を発明した。取引量、価格、税金などの数量を記録するためである。そして話言葉も記録されるようになる。書記体系をつかって記録する係りが官僚の出現だ。

現在では相対性理論は話し言葉ではなく、数理的書記体系である微分方程式で表現され、数は二進法で記述されコンピュータはこれを使っている。そしてついに 人口知能まで出現した。すべて生物としてのホモサピエンスが持っていなかった資質で、その存在しない空間が発見的に埋められたのである。

貨幣は物々交換→貝殻→タバコ→大麦貨幣→貴金属→紙幣→コンピュータのビット

人間社会は国民国家が集まった帝国になるまで成長する。

こうして司法制度や政治制度は自由意志至上主義を育てたが、人間の行動は自由意志ではなくホルモンや遺伝子、シナプスで決まる。生物学科と法学部や政治学部を隔てる壁はあとどのくらい維持できるのだろうか?

歴史は決定論では説明できない。歴史は予測に反応するので2次のカオス系である。天気予報は予報に反応しないので一次のカオス系である。コンスタンチヌスが帝位に着いたときになぜキリスト教を支配の道具に採用したのかの理由は分からない。

文化は一種の精神的感染症あるいは寄生体で人間は宿主とみている学者が増えている。文化はヒトの心のなかで生きている。文化の進化はミームと呼ば れる文化的情報複製機構によって行われる。19-20世紀に広がった国民主義はこのウィルスであった。国民主義は国民の人権や自由を尊重しつつ、民主的 に国家を形成・発展させようとする思想・運動のことである。このウィルスは人間のためにはならない。軍拡競争もこの感染症の結果である。結果として人間は不幸になっている。

大英帝国の構築に大きな功績のあったのはクック船長だ。かれは医学の知識はなかったが経験から船に大量のタル詰のザワー・クラウトを積み込んで船員が生還できるようにして損耗を防いだ。それまではマーマレードをパンにつけて食べる士官しか無事生還できなかったのだ。

産業革命でヨーロッパが躍進したとき中国が遅れをとったのは中国人が蒸気機関車を発明しなかったからというより西洋で形成された価値観や神話、司法組織、 社会政治的な構造がなかったためだ。日本だけが追いついたのは軍事力やテクノロジーのお蔭ではなく、社会や政治で西洋の制度を手本として作り直したからであ る。

歴史の選択は人間の利益のためになされるわけではなく・・・歴史が歩を進めるにつれて、人類の境遇が必然的に改善されるという証拠は全くない。

歴史を研究しても未来は分からない。ただ我々の前には想像しているよりずっと多くの可能性があることがわかる。

戦争すると失うものが大きすぎる割に得るものはない。だからノーベル平和章はロバート・オッペンハイマーに送られるべきだった。現在では富は人的資源や技術的ノウハウで戦争しても奪えるものではなくなったし、対外投資からのリターンも失うハメになる。

資本主義の基礎となる信用は農耕社会にもあったが西洋と東洋をわけたのは近代前期の非ヨーロッパの帝国のほとんどはヌルハチやナーディル・シャーのような 偉大な征服者によってか清帝国やオスマン帝国のようにエリート官僚やエリート軍人によって建国された。彼らは税金や略奪(これらはかれらにとっては同じも の)によって戦争のための資金調達をしたので、信用制度に負うところなどなく、銀行家や投資家の利益など気にもかけなかった。しかしヨーロッパは国王や将 軍が次第に商業的な考えをし始めた結果、商人や銀行家がエリート支配層になった。こうして利益は再投資されるべきだという、資本主義が成功をおさめた。

資本主義は技術を育てることにより産業革命を成功させた。この成功の結果として生産過剰となり、消費を刺激することは価値ありものとなった。これを消費主義という。

農耕社会では余剰が少ないため、王や帝国は民の福祉、医療、教育を施す余裕がなかったが産業革命で一切が変わり、国家や市場がこれらを施す余裕が出来た。 結果としてコミュニティーや家族からこれらを取り上げてしまった。すなわち個人主義を国家が押し付けたのである。とはいえ人間は感情まで進化で変えること はできない。この「想像上のコミュニティー」は国民主義というものである。

結局、上下2冊を3日で読破した。私好みの生物学と人文学が一体となった論で知っていることがほとんどであったが、人間の遺伝子で規定できない部分(文 明)の進化の過程が記述されていて啓発さた。これ読んでいる間、会社の先輩でデータベースに一生をささげた椿氏の考えは結局、世界に一つのデータベースとして Google検索システムが国境を越えて完成されているなと確認することになった。これがグル―ロバリゼーションだ。

日本の給与水準が上がらないのは、中小企業の数が多過ぎて管理職の給与負担分だけ重荷になっているからである。日本政府はオーナー側の要請しか聞か ず、海外からの安い労働者を入れることしか考えない。これでは人文分野の効率は上がらず、世界の流れに乗り遅れると危惧する。日本は知的エリートに率いられた国であることを止めてしまった。

Rev. October 28, 2018


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