読書録

シリアル番号 1005

書名

ふふふ

著者

井上ひさし

出版社

講談社

ジャンル

随筆

発行日

2009/1/15第1刷

購入日

2009/2/17

評価

講談社文庫

2009/2/17秩父の四阿屋山登山の帰りに池袋駅ホームの自動販売機で購入した。

2001-2005年に「小説現代」に連載されたエッセイをまとめたものであるという。帰宅の電車のなかで拾い読みしただけだが、感銘を受けた章は「初めての外国語」、「ベッド・トリック」、「問題の出し方」、「お守り」である。

「お守り」という章は名言集の35番に収録した米国のマンガの主人公ポゴの口癖はペリー提督にさかのぼるという話は大変勉強になった。

「初めての外国語」という章は東京裁判で裁かれた政治軍人には幼年学校出身者と旧制中学出身者の二大潮流があった。幼年学校出身者の大部分はドイツ語なるいはフランス語を学び、旧制中学出身者は英語を学んだ。幼年学校組は主にドイツ、フランスへ、旧制中学組は英米へ派遣されるのが常だった。東条 英機は幼年学校ドイツ班出身でかれが陸軍大臣になると、陸軍の中枢はほとんどドイツ班出身で占められるようになった。俗にいう「統制派」である。彼らが、中国との戦争を強引に推し進め、さらに米英戦争を用意した元凶である。ドイツでナチスの国家主義が興るのを見て、あらゆるものを軍の統制下におく日本型全体主義をつくり、ナチスが「ヨーロッパ新秩序」を真似て「大東亜共栄圏」を発明した。この「初めての外国語」に強い影響を受けたリーダーが国を動かす傾向は今も健在で、アメリカのビジネススクールに留学した英語得意の人たちが帰国後、「市場万能主義」、「規制緩和」と唱えるのも同類に見える。さて伯父は海軍兵学校を出てパイロットになり若くして戦死したので政治軍人にはなれなかったが、旧制中学出身者だからまちがいなく英米派だった。

「問題の出し方」という章は外国の試験問題の出し方には学ぶべき点があるとして幾つか例を挙げているがフランスの大学入学資格試験の実例と模範解答は大いに参考になった。その問題とは「夜更けにセーヌ河の岸を通りかかった君は、1人の娼婦がいままさに川に飛び込もうとするところに出会う。さて、君は言葉だけで彼女の投身自殺を止めることができるであろうか。彼女に死を思い止まらせ、ふたたびこの世界で生きて行く元気を与える説得を試みよ」
この模範解答は「私と結婚してください」というものでこう描いた生徒は「王道」や「人間の条件」という小説を書いたアンドレ・マルローであった。

「ベッド・トリック」という章ではシェイクスピアの「終わりよければすべてよし」や「尺には尺」というロマンス劇には女が男の誘惑に乗るとみせかけて、別の女を身代わりにベッドに送り込む「ベッド・トリック」が使われている。そういえば、盛遠は袈裟の「ベッド・トリック」に引っかかったわけだが、西洋の単純な構造よりよほど複雑でわが国の文学のレベルが高かったことが分かる。

この他にも国民年金制度は「ネズミ講」だという指摘もある。現役世代が退役世代を養うというどの先進国でも採用している制度である。インフレが進むと確かに「ネズミ講」のように見えるが実際には違う。偉大な作家も間違うこともあるということだろう。


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