蔵前工業会東京支部・技術士会共催

キャノン電子株式会社秩父事業所見学会

2008/7/11

ECHOR会のメンバーの大部分は蔵前工業会 と技術士会のメンバーである。キャノン電子株式会社秩父事業所見学会におさそいがあったのでありがたく参加させてもらった。60名の参加者の約半分は現役の経営者や中間管理職であった。キャノン電子株式会社の酒巻久社長も蔵前工業会のメンバーである。氏は1999年のキャノン電子株式会社社長就任後、2年で業績を大幅に改善させ、その後も快進撃を続けるユニークな経営者である。

キャノン電子は戦後キャノンの子会社「秩父英工舎」として秩父市下影森にあった 海軍の施設跡に創業した。後、キャノン電子に名称を変えた。カメラのレンズ絞りユニット・シャッター、カセットステレオデッキ用磁気ヘッド、フロッピーディスク・ドライブ、スキャナーカートリッジ、レーザービームプリンター、超小型ステッピングモータ などの部品とキャノンから委託された電子ファイリングシステムという完成品を製造していた。

酒巻久氏は1999年、キャノン本社の生産担当常務から子会社のキャノン電子の社長に着任。「高収益企業化」ビジョンの明示と意識改革運動を開始した。2001年秩父地区3工場を1工場に拠点統合。2002年に秩父地区生産子会社2社の清算と事業再構築して高収益企業に脱皮した。2003年、有利子負債がゼロとなり、無借金体質の達成。2004年、芝浦フロントオフィスを東京本社に改称。300人程の設計部隊と社長はここにいる。2006年連結売上高が初めて1000億円を突破、経常利益 は1.5%から2004年には12.3%、2006年には15%と10倍を達成。プラスチックレンズ累計生産個数1億個達成という業績を上げた。

開口一番、「出身大学の先生に引率された見学者に対しては全てをなげうって対処しなければならないと社長として、もうトラウマとなっております」という。

「製造会社の生産要員には社員、派遣社員、請負の3つの形態があります。社員で生産するのが教育もでき、生産性も高いので理想的です。派遣社員は社員の2倍の月45万円を支払いますが、生産性は社員の半分です。問題は派遣社員は厚生省のわけの分からない各種ルールに従い、3ヶ月で交替してしまうことです。派遣社員 の教育もなぜかすることは禁じられています。したがって派遣労働は(奴隷労働と同じく)生産性が向上することはないのです。厚生労働省がつくる法律が不明瞭で行政解釈が恣意的がおこなわれますし、公益通報者保護法の制定による通報者によって儀装請負だとされれば企業は負けです。したがって企業にとっては派遣社員、請負をできるだけ採用せず、海外製造拠点を使うほうがよいということになります。グローバル化の時代ですから日本人の労働市場を狭くしているのは厚生労働省ということになります。もっと合理的なルールにすれば製造業は日本に戻るのですが。

当社の経営方針は合理化しても社員は配転するだけで決して解雇はしません。そのためには多能工として育てます。そして富士通が失敗したような業績給といって上司が部下を査定して給与の差をつけることはせず、ボーナスも生活給として半期ごとに3ヶ月分支払います。全社で協力して生産性を上げて利益率があがればそれに比例してボーナス加給をします。目標より3%上回れば70万円ですから、頑張る力がでてきます。生産性があがれば、工場の建屋を狭くでき、これを撤去すれば光熱費と固定資産税が減ります。

社員によく考えさせ、段取りをうまくすること、組み立て順に作業工程を並べ替えること、両手を使うこと、すばやい身のこなしなど工夫させて自発的に生産性を上げさせるのは中間管理職です。上から指示したのでは 自ら考えるようになりません。うまくやる方法を一番よく知っているのは作業員自身です。それを上手く引き出すように管理職が機能しているか、部下への光をさえぎるムシロになっていないか、を インターネットアクセスと社内メールを添付書類をすべて集めて、自動分析し、評価するプログラムを開発しました。上級管理職が勘で査定するより正確に評価します。成績の悪い人は管理職から外しています。そのプログラムはすぐれものなので外販もしています。社内で交わされる文書は私文書に当たらないのでこういう分析は合法です。

考えるためにはまず現状認識をしなければなりません。現状認識とは現在の姿だけでなく、過去はどうだったのか?他者がどうなのか?今後どうなればよいか?まで認識しなければ現状認識ではないし、改善法が頭に浮かびません。

社長としても細かな指示は一切しません。「無駄をはぶいて利益をあげましょう。もうかったら皆様に配分しますよ」としかいいません。それから効率向上に貢献した部門を表彰することはしています。社内では営業が一番強い立場です。作業員から「受注のロットサイズを大きくすれば段取り作業が減って生産性があがるのだが」と提案があっても受け入れません。その時だけ社長が出動します。「ロットサイズを大きくしてくれない会社から仕事をもらえなくなっても良いから断ってきなさい」というのです。営業もサラリーマンですからホットして顧客に「うちの社長が小さな仕事は断れといっています」というわけです。顧客はそこで折れて不便をしのんでロットサイズを大きくしくれるわけです。結局、両者が得をするのです。

厚生労働省の変なルールでスポイルされた派遣社員と社員は決して一緒に仕事をさせません。「悪貨は良貨を駆逐する」のたとえ、社員の生産性が下がってしまうからです。別室に隔離して作業してもらいます。

社員がパソコンで仕事をせずに遊ぶことをさせないために外部インターネット接続は切っています。仕事上必要な場合のみ、申告で接続をゆるすということをしています」

とおっしゃる。

確かに筆者がIT部門の責任者であったとき社員のインターネット接続記録を分析すると仕事にまったく関係ないポルノ写真をアンロードしているやからがいて注意を喚起したことがある。我がHPは仕事に関連のある情報を掲載しているという事情があるにしても週末より週日の方がヒット数は多い。インターネット女性誌のヒット数も週日が高いという。

工場見学で一番驚いたのは、購買部門などの事務部門もすべて立ったまま仕事をしていることだ。工場の組み立ては無論立ち仕事であるし、会議室に椅子を置かないのも多くの会社で採用しているので驚かなかったが、事務部門が一日中 、立って仕事をしているのには驚いた。

20年前に読んだ「提督・スプルーアンス」に現場主義のスプルーアンスが自分の司令部で立ったまま執務すると紹介されていたことを思い出した。ハルゼーと40日サイクルでパールハーバー司令部と旗艦乗務を交替するのだ。 スプルーアンスはそのほうが頭がよく働くからだと言っている。40日間パールハーバー司令部にて自らの次期戦闘計画立案と兵站の準備を行い、交替して旗艦から直接指揮をとるのだ。こうして、東京の海軍軍令部の奥深く座って思いつきの命令書を連発する帝国海軍がミッドウェーでコテンパーにやられる様を読むとむべなるかなと思ったものだ。

工場の建屋は全て社員自身が塗装するという。壁は白、鉄骨は黒と単純である。 建物は質素でコスト意識が高い。かっての運動場は桜の木が散在する駐車場にかわり、集約して出来た空き地は造園して美しくしている。

日本では雇用関係が特殊な形で発展して、社員・派遣・請負は不幸な関係になっている。労働者を保護する目的をもった労働三法もいびつ。厚生労働省は権限を行使するためか、労働者を守ると僭称して不合理なルールを作って押し付けるのでますますおかしくなってきているようだ。鎖国をしているならそれも通るが、グリーバル化の時代には職場を海外に奪われて日本はますます沈む予感がする。

派遣・請負の中間搾取がなくなって、雇用者も非雇用者も幸せになるから米国やヨーロッパ諸国では安い給料での終身契約と高給の有期雇用が一般的である。しかし派遣・請負は日本や韓国の建設業界での伝統的な労働慣行であった。グローバリゼーションの圧力下で製造業にも認めたのは規制の緩和のしすぎであったかもしれない。法の緩和の時、役所が 非現実的な政令を出すので雇用側、労働側双方が被害者となっている。これではグローバリゼーションの時代に日本は取り残されてしまうだろう。

酒巻久社長はその酒巻イズムを4冊の本に書いている。すなわち「椅子とパソコンをなくせば会社は伸びる!」、「キャノンの仕事術」、「キャノン方式のセル生産で意識が変る会社が変る」、「企業情報漏洩防止マニュアル」

「椅子とパソコンをなくせば会社は伸びる!」の中の一節に「勤務時間の九割をパソコンで遊んでいた最も優秀な女性社員」という章がある。読んでみるとインターネットアクセスと社内メールと添付書類をすべて集めて、自動分析し、評価するプログラムで調査したとき、最も優秀とされた女性職員が仕事中に自分のサイトを設けて管理していることを発見した。聞いてみると上司から与えられる仕事は1時間で終わってしまうので暇な時間を自分のサイト管理に利用していたという。そこで打った手は部下の能力を過小評価して遊ばせていたとして上司を更迭することであった、という。この本はベストセラーになった 。

Rev. January 11, 2009


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