境川−3

町田駅から高座渋谷駅まで

2018/12/3 町田駅から小田急線高座渋谷駅まで境川土手の自転車専用道を歩く。

集合場所:横浜線町田駅北口の待ち合わせ場所「まほろデッキ」(ねじれたステンレス製オブジェが回転している)

集合時間:9:30

その歩く距離は小田急線町田駅から小田急線座渋谷駅まで総距離15.54km、累積登り120m、累積下り172m、最 大高度100m である。

田園都市線南町田駅の南側にあるサンポタマージュ(042-706-9580 定休日火)でサンドイッチ、ピツアの昼食とするが、非常食としておにぎり持参。

境川源流

という段取りであったが、過去数日、鼻風邪気味で前夜の体温は37度であったため、参加するもただ黙々と歩くのみであった。

黒船到来により、安政6年(1859年)、横浜港が開港したとき、日本から欧米に向けて輸出されたのが「生糸(きいと)」である。日本はこの生糸の輸出で原資資本の蓄積をした。生糸はその主な産地である長野の須坂などからから八王子往還・浜街道(甲州街道、八日町、八王子、片倉、鑓水、相原、原町田、鶴間、川井、白根、芝生、野毛、関内、横浜港)経由横浜に向けて運ばれた。長野の須坂から送り出すのは田中総家などの豪商、中継ぎが鑓水の輸送業者。そして最後の輸出業者が原三渓で、蓄財の結果が三渓園である。

集合時間より早く小田急線町田駅下車。いままで気が付かなかったが、北側にある改札口は南口と呼ばれているようだ。ここを出ると原町田広場に絹の道(シルクロード)の碑があった。



この広場の北側に東西には走っている町田街道は「絹の道」とよばれたようだ。

ねじれたステンレス製オブジェが回転しているオブジェはも一つあったようで、正しく集合したのは秦さんだけだった。



皇帝ダリア 秦さん撮影

昼食をとるサンポタマージュは横浜水道の鉄管が境川を横断するアーチ橋を見てからと考えていたが、道路工事中で自転車専用道から路地に入る場所がなく、大幅に回り道させられた。このときスマホを取り落とし、ガラスにひびを入れてしまった。



横浜水道 2018/6/24撮影

総距離15.5kmは少し過酷のようで本日は4名が大和で切り上げ、相鉄線の境川鉄橋で別れた。残りの3名は更に歩きつづけた。

厚木街道の橋、境橋の袂には巨大な末日聖徒イエス・キリスト教会があるがカギがかかっている。

中原街道の橋の下を過ぎると右手に心地よい林のある斜面が見える。そこを登ったらと提案されるが、グッと辛抱。どうせ登ったところで丘の中央を南下する467号線を歩くハメになる。

相沢川が東側から境川に合流する地点を過ぎて、しばらく歩くと新幹線が見えてくる。そろそろ坂を登って高座渋谷駅に行かねばならないところだ。ところが地 図上で横断する積りだった県営イチョウ団地(サイクリングしたときパンクしたところ)と記憶がちがう。Google Mapで確認するとそこまで歩くと高座渋谷駅の南側にでてしまう。手前 の公団上和田団地団地を横断するしかない。ジャスコの巨大ショッピングセンター裏を歩いて高座渋谷駅に到着。日没で薄暗くなっていた。

今回の歩きでは写真を撮りたい所が無かった。自転車で往復した記録を見てもない。次回が楽しみである。

参加者:小粥、和田、秦、榎本、加畑、安井、青木

August 4, 2018

Rev. January 10, 2019


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