伊勢巡礼ドライブ

サンディアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の旅にあやかったわけではないが、日本人の原点、伊勢神宮を再度訪問しようと2000年3月のとある日の午前7時半、出発。初めて訪れたのは高校の修学旅行で42年前である。

中央構造線がすぐ北を走っている 渥美半島も訪れたことがないので、伊良湖岬から鳥羽にフェリーで渡ることにした。浜松ICで東名を降り、浜松バイパス、浜名バイパスを経由、渥美半島に入った。浜名バイパスはほとんど海の中を走る。渥美半島では太平洋岸遠州大砂丘に沿った国道42号を選んだ。伊良湖岬手前にある丘の上にある伊良湖ビューホテルと伊良湖岬との間にある恋路ヶ浜にも立ち寄った。遠州大砂丘に比すべくもない。12時45分発のフェリーに乗る。伊良湖水道の本船の通過量の多さに驚く。

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渥美半島遠州大砂丘にて

フェリーが伊良湖岬を出てすぐ左手に神島という島が見える。ここは三島由紀夫がギリシアの「ダフニスとクローエ」を翻案して書いた「潮騒」の舞台になったところだ。 島を去るとき三島は「この小説が完成したらこの島は全国に知れ渡る」と言い残したという。「その火を飛び越して来い。その火を飛び越したら・・・」と山口百恵演ずる初江が叫んだ監的哨の廃墟は今もあるのだろうか。

鳥羽に着いてすぐ伊勢二見鳥羽ラインで伊勢に向かう。不覚にも内宮と外宮の違いも勉強していなかったため、まず外宮を訪問した。記憶とのあまりの違いに疑問を持った。祭神も豊受大御神という。どうもおかしいと内宮に向かうが、道を誤り、宿泊予定の賢島方向の県道32号に入る。時間もないので、そのまま予約を入れた賢島の志摩観光ホテルに向かう。

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志摩観光ホテル

志摩観光ホテル(Hotel Serial No.150)は皇室御用達で賢島の最良のロケーションにある老舗である。部屋からの英虞湾の景観は申し分がなかった。庭園が広く、賢島のかなりの部分を占有しているが、地元の養殖業者との境界が無く、非常にオープンな施設である。元橋本首相がエリツィンとの会談の舞台として選んだがセキュリティー上の理由で使われなかったとのこと。

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志摩観光ホテルの部屋から見た英虞湾の景観

ホテル自慢のラメールで高橋忠之シェフが腕を振るったフランス料理のフルコースを満喫。スープを口に含むと思わず身震いする。ラメールでは4組の外国人旅行者に取り囲まれた。皆フランス語を使っている。フランス語圏のスイス人観光客であった。

志摩観光ホテルが経営している会員制のリゾート施設「プライムリゾート賢島」(Hotel Serial No.151)を翌朝の4月1日早朝、訪問してみた。スペイン様式の施設でプールと海は夏利用するに最適。一般の人も利用できる。ゴルフ愛好家なら年中OK。

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プライムリゾート賢島のプール

英虞湾はリヤス式海岸を持ち、プライムリゾート賢島からは英虞湾の別の入り江の景観が見える。

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プライムリゾート賢島と英虞湾

4月1日(土曜日)午前中は志摩スペイン村(パルケエスパーニャ)(Theme Park Serial No.147)を訪問。ドンキホーテとザビエルが大人向けで遊園地が子供向けの施設である。遊園地が子供を吸引するためか、子供連れで大変な賑わいであった。名古屋という大都会からの距離も有利に働いているのだろう。

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パルケエスパーニャ入口のドンキホーテ像

バスク地方にある、フランシスコ・ザビエルの生家、ザビエル城が再現されており、この施設で唯一、大人向けの施設である。

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ザビエル城

ディズニーランド型水上ライドも小規模ながら一応そろっている。昼食はパエリャですます。

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水上ライド

4月1日(土曜日)の午後は英虞湾の「合歓の郷」、浜島漁港を訪れる。国道260号で田曽浦経由五ヶ所湾岸をドライブ。国道260号は目下拡幅工事中であるが、国道260号の旧道は五ヶ所湾岸を見晴らせるすばらしい場所を縫ってはしる。

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五ヶ所湾

五ヶ所城跡から県道12号で剣峠経由五十鈴川流域に入り、伊勢神宮内宮に向かった。県道12号はジープの車幅一杯しか通すことができない個所がいくつかあり、対向車が1-2台しかこなかったため、救われた。はじめから知っていたら入らなかったであろう。剣峠から内宮に至る五十鈴川流域には農家が10数軒程度で五十鈴川の水がきれいなわけが理解できた。途中の山林は椿の純林である。

 

 

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宇治橋より五十鈴川を望む

内宮は42年前の記憶通りのところであった。宇治橋、五十鈴川、玉砂利、樹齢千年を超える巨木は変わりない。祭神も天照大神である。42年前は遷宮後数年という感じであった。遷宮は確か20年のサイクルであったので2順しているはずであるが、もうくすんでいた。

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伊勢神宮本殿

かって伊勢講のくじを当ててここまでたどり着いた人々が宿泊したであろう門前町は古い町並みが保全されている。いまは宿泊施設など見当たらない。赤福が大変成功しているように見えるが主たる収入は新幹線だろう。「おかげ横丁」などは町で歴史を再現しているところは赤福の経営だそうだ。午後5時には門前町は全て閉店となり、閉口した。漸く五十鈴川沿いのドライブインレストランで伊勢名物「てこね寿司」と「伊勢うどん」にありつけた。

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五十鈴倉

第2泊も賢島の志摩観光ホテルに帰った。

翌4月2日(日曜日)朝、クローム・パーツで大改造したラングラー・スポーツが駐車されているのを発見。余程のすき者と見えた。7時半出発。

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大改造したラングラー・スポーツ

帰路はパールロード経由、鳥羽にでる。海岸にそって山腹をはしるので眺望がよい観光道路である。鳥羽展望台より伊良湖岬が見える。菅島南面は砕石採取のため丸裸になっているのがおしい。

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パールロード鳥羽展望台より的矢湾方向

渥美半島の帰路は三河湾岸を国道259号線を田原町まで走る。ここの道の駅で地元の野菜を仕入れる。半値である。しばらく国道259号線を走るが、老津で渋滞が始まったため、太平洋岸の国道42号の伊古部東に抜ける。あとは往路を逆行して5時には自宅着。渋滞はいつもと同じ馬入川横断橋であった。

2000年3月31日

Rev. January 28, 2006


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