読書録

シリアル番号 920

書名

「課題先進国」日本 キャッチアップからフロントランナーへ

著者

小宮山宏

出版社

中央公論新社

ジャンル

環境

発行日

2007/9/10

購入日

2007/12/08

評価

著者は現在東大総長だが、グリーンウッド氏と同じ化学工学を学んだ人だ。彼の本は兼ねてから本屋で立ち読みして買う価値がないと判断していたのだが、今回 は1,600円支払って買った。先輩のT氏が奨めたのはどこかに優れたところがあるはずで、それは何だろうという興味もあり、も一人の先輩K氏に誘われて 一緒に国連大学のゼロエミッション シンポ2007に出席して東大の鈴木教授の講演を聞いたからでもある。

鈴木教授は、直前の英国大使(日本語ぺらぺら、奥さんも日本人)の後で大変話しずらいとこぼしながら、日本の実情をはずかしそうに説明した。英国のスター ン報告の毅然さに比べ大分見劣りし、2012年の国際公約も守れないどころか暴走しかかっているからである。そして日本政府の取り組みもこの著者の本と同 じく、小粒なものだと鈴木先生は分かっているからである。それを弁解しながら苦しそうに説明していた。(2012年になってこの自分の読後感を読み直して みると、まだ私はこのころ二酸化炭素温暖化説を信じていたのだなーとつくづく思う。その後、ドイツの物理学者の論文よんで、今ではIPCCは間違っている と考えている。日本に不利な京都プロトコルを産業界の反対を押し切って政府にのませた影武者は20基の原発をつくりたいと思っていた88才の平岩外四(東 大)が政治工作したためと元朝日記者で元電中研顧問の志村嘉一郎が書いた「東電帝国 その失敗の本質」にある。すなわち温暖化神話は平岩外四が普及させたようなもの。そして著者はいま 再生可能エネルギーを支持していたのを見込まれて民を欺くために東電にたらしこまれて監査役となり、平岩外四の蒔いた悪しき種を刈り取る立場に追い込まれ ている。先見の明のないソフィストであったのだから自業自得ではある。

さて著者がタイトルとした「課題先進国」の例としてあげた例は局地的公害で住民が苦しんで、解決したものばかりである。著者はこの経験を外挿してグローバ ルな気象変動でも日本は先頭に立てると主張している。その切り札は効率3倍と自然エネルギー2倍としている。

効率向上の例として空調をとりあげ、理論成績係数は43だが、1998年の実績は4しかなかった。これを2050年には3倍の12にするのだといってい る。現に2005年には7になったではないかというわけである。7になったのは主としてサイリスター適用による電気系の効率向上であったと私は理解してい る。理論成績係数に近づけることを熱交換で達成しようとすると、温度差をゼロにしなければならない。ということは伝熱面積は温度差の逆数であるから伝熱面 積は温度差が小さくなるほど幾何級数的に増え、ゼロでは無限大に大きくなってしまうということを著者は巧妙に隠している。たった一台の空調機を作るために 全世界の資源を食いつぶしかねないと言及してほしかった。過日、米国の友人、クーパー氏から「日本の空調はさぞかし高い成績係数を持っているとおもうので 調べてくれ」というので調べて送ったところ「なんだ米国製品と同じではないか」とバカにされた。著者はなぜはしゃいでいるのだろうか?

著者は同じ論法で3,000度のガスタービンを使えば理論効率は83%になるといっている。たまたま私もそれに着目して1998年の社内報に 小論を書いたことがある。


この図のように1,000度を越えると1℃上げるときの効率向上率は鈍化します。それにうまい合金製の耐熱材がみつからず、1,500度Cをこえられない でいます。NEDOのセラミックタービンも成功したとは聞いていません。こういう理論効率の飽和状態も小宮山さんは隠して、みだりに読者の期待を膨らませ ている。読む人は線形モデルを頭に描くことを計算に入れているのだ。正直ではない。ペテン師とまではいわないがまさに政治家だ。彼のような政治家を総長と して選らんだのをみると東大も人材難だなと思う。

著者の総論には異論はない。「キャッチアップは過去の話、ゼロからの課題解決を図る」とまことに威勢はいいのだが、対策は効率3倍と自然エネルギー2倍だ けです。効率3倍は困難、自然エネルギー2倍は過小評価。こんなもんで気候変動を防ぐことができるのだろうか?著者自身、ソーラーセルを各家庭の屋根にの せても5%の電力しか発電できないといっている。

私はかねがね、二酸化炭素をどこかに隔離しないかぎり、気候変動問題はどうしようもなくなるだろうと感じてきた。廃油田に注入する地中隔離は日本には大し た容量はなく、カメルーンであった火口湖のロールオーバーのような漏出事故も懸念される。深さ1,000mの海底の帯水層に貯留するのを海域地中隔離とい うが日本は島国なので、海域地中隔離は52億トン以上の貯留容量がある。しかし2005年の年間総排出量は13.6億トンだから、4年分の容量しかないこ とになる。海中1,000m位のところに液化二酸化炭素を注入することも研究されているが、PHが低下することによる海洋生物への影響が懸念されて、国際 的に認められるかどうか不明だし、第二の公害発生ということになるかもしれない。

今年の初め、IPCC報告を英語で読んでいたところ、目からウロコのような研究報告をみつけた。米国の学者のケン・カルデイラらは石灰石(炭酸カルシウ ム)を微粉砕し、これを水に懸濁した液と石炭焚きの火力発電の排煙を水に懸濁させた液と接触させて重炭酸カルシウム塩の水溶液にして海洋に放流すれば、緩 衝効果により、海水が酸性化することがないとしている。二酸化炭素の完全除去は無理だが、放出量を減らせる。この場合、隔離する二酸化炭素の3.5倍の石 灰石が必要となるが、石灰石資源は充分過ぎるほどある。


実現可能な方法として私は上図のようなコンバインドサイクルを使う「二酸化炭素を重炭酸カルシウム化して海洋隔離する石炭ガス化発電」というものが良いの ではと考えた。ブレークスルーのある技術なのに著者や電力会社や日本政府はなぜかカルシウムによる二酸化炭素の隔離を研究対象にしていない。こういう研究 こそ著者が弟子たちをそそのかして先鞭をつけなくてはいけないのではないか。そのような範をまず垂れてからこのような本を書いてほしいものだ。

千代田の社長やS氏にこの話をしたら米国のメジャーはすでに技術開発をしているよと教えてくれた。というわけで著者の掛け声「キャッチアップは過去の話、 ゼロからの課題解決を図る」はむなしく私の心にこだましたのである。

著者は学者というより甘い言葉で権力にすりよる政治家だと思う。でなければ総長にはなれないだろう。でもこのような本は書いてほしくなかった。世をミス リードする。

文学とかサイエンスは大学で研鑽された人にかなうはずはない。しかし工学の分野で純粋培養の先生方の中にはどうしても実 業を知らないゆえの理論至上主義者がいてこまる。こういう人が委員会に引っ張り出されて効率だ効率だと主張してミスリードすると官僚とか政治家が間違った 政策をとるようになるのは残念というより、国家的損失をみるようで憤りを感ずる。

かって小宮山氏を批判していた友人のN氏にどう思うか聴いたところ「小宮山氏の私の評価は化学工学者としての評価です。 余りの変わり身の早さは学者に向かないという評価で、むしろ時代に迎合するリーダーとして、東大総長には向いていた素質を見逃していたというものです。南 原繁、矢内原・・といった思想家が東大総長になった時代はいざ知らず、今や東大総長に、世の中のオピニオンリーダーを求めるグリーンウッドさんがおかしい のかもしれません」という。

過去1年間、私が感じていた気候変動対策に関する日本の指導層、即ち財界、学者、官僚、政治家の考え方に違和感をもっていてこの本にケチをつけてTさんを 困らせたり、わが妻の友人のダンナでNEDOの水素吸蔵物質研究をしている学者と激論したりしていた。

しかし新年のNHKのBS番組で英財務省の諮問でスターン報告を書いたニコラス・スターン博士のインタビュー番組を観ていて忽然とその理由がわかった。我 々のリーダー達は水素社会パラダイムに囚われてしまっていると気が付いた。22世紀にはそうなるであろうが、21世紀の我々には石炭資源を使う低炭素社会 パラダイムにシフトして気候変動防止すればよいのだ。私には日本がこのパラダイムに立てば低炭素社会構築のビジネスを生み出すことで世界をリードできる チャンスが目の前にあるのが見える。しかし日本のリーダー達はそれを見ないで逃避しているため、日本は三度目の敗戦を迎えるのではないかと危機感を持つ。 米政府の動きとは別に世界のエネルギー産業を動かす企業は当然すでに手を打っているし、オーストラリアなどの資源国の国民が賢くも、かれらの政府のリー ダー達を低炭素社会構築に向かうビジョンを持った政治家に託した。日本社会の知的怠慢は社会の衰退へ直結しているのではないであろうか?

といわけで、わたしの論文グローバル・ヒーティング の黙示録は書き直し、米国の友人にも読んでもらうために英訳もした。

Rev. March 12, 2012


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