読書録

シリアル番号 1274

書名

文化進化論 ダーウィン進化論は文化を説明できるか

著者

アレックス・メスーディ 

出版社

NTT出版

ジャンル

サイエンス、社会学

発行日

2016/2/15第1刷
2016/2/26第2刷

購入日

2016/04/11

評価



Cultural Evolution How Darwinian Theory Can Explain Human Culture and Synthesize the Social Sciences by Alex Mesoudi 2011

アレックス・メスーディ:エクセター大学(イギリス)人類生物学部准教授。

人類学、考古学、経済学、歴史学、言語学、心理学、社会学をダーウィン進化論の枠組みで統一しようという試み。科学で成功した統一理論を社会科学にも適用している最先端を数式を使わず一般向けに解説したもの。

3672円という高価な本

目次
第1章 文化的種
第2章 文化の進化
第3章 文化のミクロ進化
第4章 文化のマクロ進化1:考古学と人類学
第5章 文化のマクロ進化2:言語と歴史
第6章 進化の実験
第7章 進化的民俗誌学:フィールドにおける文化進化
第8章 進化経済学:市場における文化進化
第9章 人間以外の種の文化
最終章 社会科学の進化的統合

柄谷行人による朝日新聞の書評
●ダーウィンは「進化」を「変化を伴う継承」と言った。進化には目的はない。
●経済的あるいは文化的現象は自然現象と共通するなにかを持つ
●文化を「社会的に伝達された情報」と定義すればそれは人間に限定されず生物界にも妥当する。そこでスペンサー流の適者生存・弱肉強食という社会ダーウィ ニズムが生まれ、ネオ・ダーウィニズムがとって代わった。著者はこれらを無視して元の「変化を伴う継承」というダーウィニズムで国家・経済・言語におよぶ 文化を説明しようとする。
●経済学では人間は利己的だという前提で経済現象を数値化している。しかし実は人間は案外利他的なのだ。歴史的にみると利己的な集団・文化に対し利他的な集団文化が勝ちのこっている。
●文化的と自然科学的区分は不毛である。文系・理系と学問を分けるのは意味がない。統一すべき
●言語習得は生得能力によるチョムスキーの仮説は疑わしい
●宗教は母親を通して子供に伝達される
●父系性は牧畜とともに
●太平洋諸国の言語の起源は台湾
●帝国は国境地帯から勃興する

まず「人間は文化を軸として生きる種である」と始まる。ところが社会科学者、行動科学者、心理学者、経済学者、政治学者は文化を軸に理論を構築せず個人の行動や意思決定ばかりを追っていたため統一理論ができず、てんでばらで科学になっていない。

本書では「文化とは模倣、教育、言語といった社会的な伝達機構を介して他者から習得する情報である」と定義する。

ここで情報とは「知識、信情、傾向、規範、嗜好、技術」を含む広義の情報であり、社会的に習得され、集団内で共有される。遺伝情報がDNA配列で記録され るのに対し、文化情報は脳内では神経の連結パターンとして記録され、体外では文字、コンピュータ・コード、音符などで記録される。文化には個人的学習で取 得した情報は含まれない。

文化は親から子へと垂直に継承される。たとへば北欧系の移民は南欧系の移民より市民としての義務感が強いという特徴があり、何世代も継承されている。

欧米からの移民は「基本的な帰属の誤り」という他者の行動の理由を、その人の気質や個性といった不変の内的性質に帰属させがちでその人がどうすることもで きなかった環境要因について考えようとしない傾向をもっている。アジア人はこのような帰属の誤りは冒さない。(ユダヤ人差別気質?)

合理的選択理論に立脚している経済学者は文化は人間の決定に影響しないとしていから経済学は将来を予測できないのだ。

東洋系の移民の全体論的思考スタイルと西洋系移民の分析的な思考スタイルは東洋の集約的農業の結果であり、西洋の分析的思考スタイルは牧畜の影響で、ほとんどの時間を一人で過ごすという生活が生み出したものだ。この文化が親から子に継承される。

文化はダーウィン進化論にしたがい進化する。ダーウィン進化論は、「変異」、「生存競争」、「継承」で説明できる。変異は無目的に生じる。生存競争で優位な偏倚のみ 生き残る。生き残った文化は親から子に継承される。十進法が出るまで4000年かかった。ヒンドゥー教徒やマヤ人がゼロを発明し、ギリシア人が幾何学、ア ラビア人が代数学、そしてヨーロッパ人は積分学を発明し、継承された。

スペンサーは進化は進歩だと間違った考えを出した。しかし進化は進歩ではない。生物学ではダーウィン進化論が認められたが、人文科学ではいまだにこのスペンサー流の考えから卒業できていない。

文化進化は獲得形質が遺伝するというラマルク的な説も著者は排除する。文化において遺伝子型に相当するのは人の脳に蓄積された情報であり、表現型に相当するのは その情報が行動、発話、人工品として現れたものだ。文化の伝達において複製されるのは表現型のみである。我々は他人の脳をのぞき込むことはできない。でき るのはその他者の行動、話、書き物でしかわからない。したがって継承はラマルク的ではない。・・・柄谷行人は文系のためここは理解できなかったらしく、言及なし。

文化進化は無目的である。

有益な文化変異は遺伝子の変異と同じく無作為に起きる。ただすでにある文化に「誘導された変異」はラマルク流に方向性がある。「誘導された変異」の実例としてはワットがニューコメンの蒸気エンジンを改良したのが該当。「誘導された変異」は個人的プロセス。

文化の選択は文化のある特徴が他の特徴より獲得されやすい場合に起こる。「内容バイアス」(本質的魅力)、「頻度依存バイアス」(多数派の意見に従う)、「モデルによるバイアス」(社会的地位や名声バイアス)がある。聖職者の独身主義は名声バイアスの例だ。

文化の伝達経路は「垂直の伝達」、「斜めの伝達」、「水平伝達」、「一対一の伝達」(狩猟採集民)、「一対多の伝達」(マスメディア、教育)がある。

文化の「水平伝達」においては「垂直の伝達」より速く、希少で有益な文化的特徴を広める。

「誘導された変異」は急激に立ち上がる。

「内容バイアス」あるいは「嫌悪バイアス」はS字曲線を描く。「内容バイアス」は集団のプロセス。アイオア州のハイブリッド・コーンの普及はこれに該当。

「バイアスのない伝達」(同調伝達)は非常にゆっくりとS字曲線を描く。「頻度依存バイアス」も同じだが同調伝達は初期にロングテールを持つ。

生物の継承は伝達エラーが非常に低い遺伝子経由のため正確に伝達されるが文化の伝達には「模倣の誤り」が起きやすいため遺伝子の突然変異に相当する亜種が沢山生まれる。また人は自分と文化的特徴が似た人から学びやすいため文化的特徴が同一の下位集団ができる。

「中立的な変異の蓄積」を「遺伝的浮動」という。「特徴を持つ人数」と「特徴の頻度」を両対数座標にプロットすると直線になる。すなわち「べき分布」になる。

文化移動には2つの形がある、「デーム的拡散」と「文化拡散」だ」。「デーム的拡散」は人の移動によるもので「生物進化」における「遺伝子流動」に相当する中東からヨーロッパへの農業拡散は「デーム的拡散」である。「文化拡散」は人の移動を伴わない。

生物学が開発した系統学的手法も文化進化に適用できる。矢じりなどがこうして分類されている。

「異なる民族で同じ文化が見られたとき、それが歴史を共有するせいなのか、それとも環境への適用かは見極めが難しい」を「ゴルトンの問題」という。

遺伝的多様性は集団の大きさに比例する。種が拡散する過程で集団は小さくなり、遺伝的多様性も縮小する。これは文化の一つである握斧のデザインでも見られる。

農業技術は中東でも東南アジアでも人の集団の移動とともに起こった。時期的には9000前で移動速度も2000年間の出来事。農業技術とともに言語も移動 した。この系統樹によれば台湾の言語が最古でインドネシア→パプアニューギニア→ハワイ→ニュージーランドとなる。インド・ヨーロッパ語族はアナトリア (現在のトルコ)から拡散した。

言語の進化は断続平衡的である。これは適応放散が起こったため。

個体群の経時的成長率は指数関数とこれの改良形のロジスティック曲線、生物の捕食x-被食y関係は連立微分方程式であるロトカ=ヴォルテラ方程式で記述できる。

ヨーゼフ・シュンペーターはダーウィンの原理で経済現象を説明しようとした初めての人だ。主流の経済学は静的均衡に重点を置いている。しかし長期にわたる 経済システムの変化は説明できない。ムーアの法則が支配するコンピュータや製薬業は技術の進歩が速く、現在の経済学は無力である。また人間は完全に合理的 に行動するという前提も間違い。経済現象は人間の認識力を超えている。人間は個人的学習はしない、ただ単に他人をまねているだけだ。ポラロイド社がカメラは安くし、 フィルムを高く売るビジネスモデル(文化惰性)に固執したため、デジタルカメラに負けた例も経営者がデジカメが出てきて環境が変わったことを認識できなかったためとしている。

新しい技術がでてもその最も適切な応用がすぐわかるわけではない。いろいろな会社がいろいろな応用をするがとある会社が正しい応用を発見して市場を制す る。こうして寡占状態が生じる。例えばタイヤである、コード&バルーンを適切に使ったグッドリッチ、グッドイヤー、USラバー、ファイアストンの4社のみ 成功企業となった。コード&バルーンという技術自体も科学における概念変化は科学者から科学者に直接伝えられ、対立する複数の概念の間で選択がおき、企業 のビジネス革新とともに全体として共進化の形を取る。

資本主義のドクトリンは利己的個人が利己的選択を行うと神の手が出現するとしたが、実際には文化進化の結果、人間は利他的に進化しているとみられる。これ は互いに協力的な人々の集団が利己的な人を許す文化を持ち、互いに非協力的な人々の集団を打ち負かしてきたためと考えられる。人類の黎明期に現れた平等主 義の狩猟採集民がそれである。結束の強い帝国は結束の弱い帝国を凌駕して拡大する。

教育は他人の行動の意味が一見しただけではわからないとき、役にたつ。蓄積される文化のほとんどは、この「意味不明な行動」の伝達を伴う。

1930年代に進化論が共通の枠組みになって生物学の各分野を統合したように社会科学も進化論で統合できる。

生物学の進化発生学においてホメオボックス遺伝子が貢献したように文化進化においてもモジュール方式が手の込んだ人工物の進化に貢献している。

文化は模倣によって蓄積されてゆくという見方は間違い。人間だけの特性としてある課題の解決法をより良いものに切り替えてゆく能力と他者、特に子供に有益 な情報を伝えやすいように大人が自らの行動を調整するという教育形態、内部の結束が強い集団が、結束の弱い集団を圧倒し、帝国を形成する。

ハーバート・ギンタスらは同じ集団の仲間と協力しやすい遺伝的傾向が進化した、とみている。

Rev. April 21, 2016


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