秩父札所『午歳総開帳』巡礼記

秩父34ヶ所観音霊場を気の向くまま、のんびりと歩きます。
午歳は観音様を開帳するので、にぎやかさのなかでの巡礼となります。
一巡すれば100キロとなりますが、時間的な制約もあり交通機関も利用しますが
風光明媚な巡礼道に身をまかせて・・・

第2回目(3月22日・金)

お昼時になったので、弟推薦の蕎麦屋「ちちぶ路」に入る。
秩父といえば蕎麦である。数ある中で美味しいという蕎麦であり楽しみであった。
ざる2枚頼んだ。評判にたがわずこしがあり美味しかった。
母も、あちこち食べているが「ここは、美味しい」とぺろりと食べた。

 

法雲寺から32番(法性寺)へは、車で25分くらいである。杉木立に囲まれた路を走る、途中柴原鉱泉の
宿が見える。

『父の還暦祝いを、姉兄弟3夫婦でここ柴原鉱泉の柳屋で行なった。
家族で旅館に泊まったのは、これが初めてであった。
私達子供の頃は、父が借りていた畑へ良く出かけた。
会社所有の粘土産出する小高い山へ社宅から近道を30分ぐらい急な山道を登った。
約一畝ぐらいあっただろうか結構広く、いろんな野菜を作っていた。
ジャガイモ・大根・ごぼう・白菜・にんじん・葉ものとたくさん獲れた。
父の趣味である?、仕事以外ではほとんど畑をしていた。
収穫時期はリヤカーを借りて、通常の道路を1時間以上かけて家族全員で出かけた。
これが、我が家の唯一のレクレーションだった。
そして、社宅の庭には鶏小屋を建てて、餌やりをさせられた。
父は、納豆やドブロクを器用に作った。笑い話であるが、中学の時、A君にドブロクも作っているんだよって
云ったら、これは違反だよ!ってたまげられた。こんなことつゆ知らずにいた。子供のころ飲んだどぶろくは
美味しかった。最初は甘酒かなと思いながら飲んだ。このため酒好きになって困ってしまった。
A君によく野菜を持っていってもらった。その影響なのか、今は近くに畑を持ち、本格的に野菜作りをしてい
るという。
退職後は、姉の嫁ぎ先が農家であり、畑を借りて農作業中心の生活であった。
還暦祝いに、ゲートボール一式を記念品に贈り、一時夢中になってやっていたそうだ』

32番は、通称岩船観音と云われ、舞台づくりの観音堂の上の巨岩が舟の形をしている。ここへは、急勾配
で鎖づなで岸壁を這うように登らなくてはならない。
今回は、時間がないために登らなかった。
ここからの眺めが素晴らしい、そして大日如来が安置されている。