第五話 悲しみを埋める石
城に、遠い異国の地で戦っていた王様の戦死の知らせが入りました。国が不穏な空気で包まれる中、王子は王位を継いで王様になりました。
新しい王様の誕生です。戴冠式もそそくさとすまされました。
まだ王様の率いていた軍は、将を失っても戦いを続けていたからです。新しい王様は取るものも取りあえず、他国に攻め込んだまま味方もいない軍のもとへ向かいました。
新しい王様は軍と合流しました。砦の一つを落として基地にしていましたが、兵士は目減りして心もてんでばらばらのちりぢり、仲間をなくし士気をなくし、すっかりうちひしがれていました。
そこで王様は士気を取り戻すため、今まで使ったこともないくらい大きな魔法を使い始めました。
まず兵士たちに土くれで、十万の兵士と一万の馬の人形を作るように命じました。そしてそのすべてに魔法をかけて、アッという間に九万の歩兵と一万の騎兵を作り上げたのです。王様の作った兵士たちは物を食べず、休みもせず、疲れをも知らずに戦い続けることができました。
そして王様は相手の国に、父王の敵をとるために宣戦布告をしました。
その頃には相手の国も疲れていましたから、王様はあっという間に周辺の国々を回り、小競り合いも騒乱も次々と平定しました。
王様は何かにとり憑かれたかのように戦い続け、次々と小国を支配していきました。
そして大遠征の後、このクラチア大陸の西側をすべて支配する大きな国を作ってしまったのです。
王様にも、なぜそのような衝動が自分に起こったのか分かりませんでした。ただ、戦いが始まると額の聖なる印が熱く疼き、安らぎとは別のものが魂を満たしていくのです。父王もこのような感情を味わっていたのでしょうか。
王様には戦友ができ、信頼できる部下も、自分の仕事を幾らかでも任せられる家臣もできました。
以前ほどに寂しさを感じなくなりましたが、それでも夕暮れ時になると、激しい郷愁が彼を包むのでした。
彼は国々を回り、平和を与え、大国レーン・ラテの基盤を作り上げました。このレーン・ラテという国がもっとちゃんとした形をなすのは、彼の次の王の時代のことです。
そしていよいよ国に帰ろうかという時、王様は遠い辺境の地で馬を走らせ一つの町にやってきました。
王様はその町で、赤い大きなルビーをささげられました。中にはちろちろと炎が燃えている魔法の品で、王様の訪来を知ったある女性が、ささげてほしいと持ってきたものだそうです。
その女性に興味を持った王様は、さっそく長に案内させました。
その人の家は、このルビーがささげられたとは信じられないほどのあばら屋でした。王様がいぶかしみながら中に入りますと、盛りを過ぎた年頃の婦人が、彼を待ち受けていました。
「あなたが私に、このルビーをささげたのか」
王様が尋ねました。
「そうです。陛下が偉大な王となってわたしを裁きにやってくるのを、ずっとお待ちしておりました」
「裁く?私がなぜ、あなたを裁くのか。私には善良な民にしか見えぬが」
婦人は悲しい瞳で王様を見上げました。
「いいえ、わたしはかつて、一人息子をおいて駈け落ち致しました。恋人はすぐに亡くなりました。老衰で…」
婦人の語ることは突拍子もないことばかりでしたが、王様は一つの考えが頭にこびりついて離れなくなりました。
「息子は寂しい思いをしたでしょうが、今では立派にやっているようです」
婦人は何かに押しつぶされそうな声になり、唇をわななかせました。王様は目を見開いたまま、婦人の次の言葉を待ちました。
「陛下がお生まれになったとき、魔法使いはこういったそうですね、『王子は必ずや、天も地も統べる偉大な王になるであろう』と。あいにくわたしはそのパーティには出れなくて、後で恋人からその話を聞きました」
王様は婦人の手を取り、あかぎれだらけの手の甲にそっとくちづけました。
「あなたが、母上なのですね」
そう呼ばれて、婦人の頬にこらえ切れなかった涙が幾粒か転がり落ちます。
「このような仕打ちを受けて、陛下はまだわたしを母とお呼びになるの?わたしを殺しても構いませんのに」
「いいえ、ここでずっと、私を待っていて下さったのですね。父もすでに亡くなり、とがめるものは誰もいません。私と一緒に、国に帰りましょう」
かつては王妃とも呼ばれた、みすぼらしい婦人は首を振りました。
「いいえ、わたしが帰る場所はここ。あの方の眠るこの地です。一目会えて良かった、わたしの大切な人」
二人は初めて抱き合いました。
そしてあっけなく別れました。
王様は憑物が落ちたような、ほうけた顔になり、もう一度ルビーを手にとりました。しかしそれはシュンと音を立てて、かき消されるように消えてしまいました。
それは、魔法使いの力の一部で、王様に吸収されたのです。王様はすべての力を取り戻し、あらゆる魔法が使えるようになりました。