Scene19 君と過ごす夏3
(『おまけの小林クン』より)


 通された千尋の部屋の中は、クーラーで適度に冷えた室温だった。
 にもかかわらず、吹雪は顔がほてっていて、何故か顔だけ熱い感じがしていた。そして妙に落ち着かず、さきほどからそわそわしていた。
 男のコの部屋は弟の雪人の部屋を見ているためにそう緊張するはずもないのだが、やはり同年代の男のコの部屋となると何かが違うのだろうか。
「なにキョロキョロしてるの? そのへん適当に座って」
「あ、うん」
 千尋に言われ、吹雪はベッドのはしに遠慮がちに座る。
「さてと、課題のテーマどうする?」
 部屋に2人っきりとなり、千尋はさっそく話を切り出した。
「俺と吹雪ちゃんが共通で好きなモノっていうと……、やっぱり小林クン?」
「小林クンって、小林クンでどうやって課題ができるのよ!」
「たとえば、小林クンが朝から何をしているかとか、食べ物では何が好きとか、今までにはまった罠の数とか調べて、小林クンの生態観測なんて、どう? 朝から1日ずっと小林クンと一緒にいられるよ♪」
 小林クンと朝からずっと一緒……。吹雪はなんて魅惑的なことなのかと一瞬うっとりする。が、すぐに吹雪は正気に戻る。
「バカなこと言ってないでちゃんと考えなさい! そんなんで点数がもらえるわけないでしょう!」
「つばめセンセも喜んでくれそうだし、きっと楽しいと思うんだけどなぁ」
 確かに楽しいだろうと吹雪も思う。
 しかし、そんなことで大和を利用するわけにはいかない。
 吹雪はなんとか理性を押さえて、千尋の意見を却下した。
「と、とにかく、小林クンとトイレネタは禁止! いいわね?!」
「トイレネタもダメなわけ?」
「しつこいっ!」
 吹雪は思わず叫んでしまった。
「……吹雪ちゃん、なんか怒ってる?」
「怒ってないわよ!」
 そう否定しても怒っているようにしか見えない。
 千尋は不思議そうな顔をしながらもそれ以上は追求せず、自分の本棚の前へ行き、課題のネタになりそうなものを探し始めた。
 吹雪はというと、確かに見るからに不機嫌そうな顔をしていた。いや、実際不機嫌だったわけではなく、あることを気にしているのを千尋に気づかれたくなくて、いつの間にかそんな顔になっていただけである。
 さきほど何げなく千尋が真尋に言った言葉。
『そのうちホントに娘になるかもしれないから』
 その言葉が妙に頭から離れない。
 千尋が振った大和の話や課題の話に集中しようと頭を切り替えようとしたけれど、どうしても気になって仕方がない。
 それって、やっぱりそういう意味なわけ?
 聞いてみたい気がするけれど、そんなことを聞いた後に千尋がどんなことを言うのか想像がつく。そして千尋が優位に立ち、自分は不利になってしまうような気がする。
 でも千尋のことだから、そんなに深い意味で言ったのではないかもしれない。
 その言葉中にある千尋の想いが何なのか、吹雪はいろいろと考えずにはいられなかった。
 そしてドキドキしながら千尋を盗み見る。
 千尋はまったく吹雪の視線に気づかずに本を選んでいた。
 ふいに千尋は振り返った。吹雪と目が合うと、ゆっくりと口元に笑みを浮かべた。
「吹雪ちゃん、俺に見とれていたでしょ?」
「ば、ばか! そんなことあるわけないじゃない!」
 いつもの調子でからかう千尋に、吹雪は叫ぶように大きな声をあげた。
 この程度ならいつもは軽くあしらう吹雪なのに、どうしたのかと千尋は一瞬驚く。
「どうしたの? ホントに吹雪ちゃん、何か変だよ? 顔赤いけど、具合でも悪い?」
 心配そうに千尋は吹雪の顔を覗き込む。
 思いもよらぬほどに近づいた千尋の顔に、一瞬吹雪は本気で見とれてしまった。
 視線をはずすこともできず、見つめ合う2人。
 思わず吹雪は自分の手を千尋の顔へと伸ばした。
「吹雪ちゃん?」
 千尋に呼ばれた瞬間に、吹雪は我に帰って慌てて手を戻す。どうしてそんなことをしたのか自分でよくわからない。
「……わ、私、今日は帰る!」
 突然吹雪はそう言い出した。驚いたのは千尋である。
「えっ? 課題はどうすんの? まだ何も決まってないのに」
「え、えっと……」
 自分の行動がよくわからなくなっている吹雪の頭の中はもう課題どころでなく、それ以上何かを考えることはできなかった。
「う〜ん、じゃあ明日図書館でも行く?」
「う、うん! そうして」
「じゃ、明日迎えに行くから忘れないでね♪」
「わ、わかった、じゃあね」
 吹雪は千尋と視線を合わせないようにしながらノブに手をかけようとした。
「吹雪ちゃん、カバン忘れてる」
「えっ?! あぁ、いい! 自分で持つ!」
 千尋が拾うとしたカバンを、吹雪は千尋を制して自分で持ち上げた瞬間、何故かそのカバンが妙に重い気がしてふらついた。
「え、あっ」
 そのままバランスをくずした吹雪は倒れそうになる。
「ちょっと、吹雪ちゃん?!」
 支えようとした千尋だったが間に合わず、吹雪は千尋を巻き込んで一緒にベッドに倒れ込んだ。 
 突然吹雪の頬にあたたかい何かを感じる。
「大丈夫? 吹雪ちゃん」
 すぐ近くで千尋の声が聞こえ、倒れた拍子に目をつぶっていた吹雪がハッとして目を開ける。
 どういうわけか、ベッドの上に横たわった千尋の上に、吹雪が重なるような形になっていた。吹雪の顔が千尋の胸の上にある。
「ご、ご、ご、ごめんっ!」
「あれ、もう離れちゃうの? この体勢、俺としては嬉しいのに♪」
 妙に落ち着いてにやりとする千尋に、吹雪は過剰に意識してしまい真っ赤になりながら飛び退いた。
「じゃ、じゃあ、ホントに帰るから!」
 もつれそうになる足を前に踏み出し、吹雪は今度こそ、逃げるように部屋を出て行った。
「あ、送るよ」
「い、いい。大丈夫! あ、お邪魔しました! 失礼します!」
 真っ赤になったままの吹雪はすれ違った真尋に慌てて頭を下げると、そそくさと玄関へ向い、外へと出て行った。
 真尋はチーズケーキと入れ直したアイスティーを2つずつ乗せたトレイを手にしたまま、じろりと千尋を見る。
「吹雪さんに何したの?」
「俺は別に何もしていないよ」
「もう少しうまくやらなきゃダメでしょう。相手はかよわい女のコなんだから、優しくしなさいね」
「俺はまだ何もしてないって……」 
「いつもの調子で罠ばかりしかけちゃダメよ」
「だから、俺は……」
「いいこと? 吹雪さんに嫌われるようなことをしたら、私が許しませんからね」
「……」
 千尋は自分よりも2枚も3枚も上手の母相手に、これ以上は何か言う気はなかった。 

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

 4部作のうちの3つ目です。
 ちーさんは特に何もしていないのに、吹雪ちゃんが壊れかけてます(すでに壊れてる?/笑)
 やはり私としては、ちーさんにドキドキして壊れかける吹雪ちゃんが好きだったりするんですよね〜。
 真尋さんに注意(?)されているちーさんですが、わりとちーさんって真尋さんにかなわないようなところがあると思いません?
 大和クンが遊びに来た時も、真尋さんに大和クン取られて怒ってはいたけれど結局真尋さんに取られたままだったし。
 やっぱりお母さんには負けるのかしら(笑)
 それにしても、ちーさん、手出す前に吹雪ちゃんに逃げられてしまいました(笑)
 

    

   

   


 

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