Scene19 君と過ごす夏4
(『おまけの小林クン』より)


 夏休み初日。
 10時を回ったというのに、吹雪はベッドの中にいた。
 こういう長期の休みに入ると、吹雪は朝食とお弁当の用意から解放される。朝は各自で食べることにしており、何かある時は前日に申し出るというルールにしていた。
 早速吹雪は今日から朝寝坊を決め込み、ベッドの中で安眠中である。もっとも早起きが身にしみてしまっている吹雪が朝寝坊をするのも、ここ2日ほどのことだろうけれど。
 それにしても昨日は妙なコトを考え過ぎて、何か疲れた。
 妙なコト……、千尋が真尋に言った言葉。あの千尋がそんな先まで本気で考えているとは思えない。落ち着いて考えてみれば、アレは単なる会話の流れだったのかもしれない。そう思えば何もあんなふうに慌てることはなかったのだ。それなのに、あんなふうに慌ててしまった自分に、千尋はどう思っただろうか。
 千尋がどう思ったのかも気になるし、自分自身の行動もよくわからなかった。
 しかし、あれこれ考えても仕方がないので、とにかくそのコトは忘れようと、吹雪は寝る前になんとかそのコトを頭から追い出し、そして誰にも邪魔されないゆっくりとした時間を今朝の吹雪は堪能しようと思っていた。そんな吹雪の耳に、突然大きな声が飛び込んできた。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん、起きて!!」
 慌てて吹雪の部屋に入って来たのは妹の深雪である。
 深雪は吹雪の身体にかけてあった薄手のタオルケットを取り去り、そして身体を揺らす。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」
「何よ、うるさいなぁ。今日は寝坊する日なんだから、起こさないでよっ」
「早く起きて! 来てるんだから!」
「来てるぅ? 誰が?」
「すごくカッコイイ美形の小林さん!」
「すごくカッコイイ美形の小林さん?」
 まだ寝ぼけている吹雪は深雪と同じ言葉をくり返す。
「何してるのよ。デートの約束してるならちゃんと早く起きて用意しなさいよ! お姉ちゃんったら!」
「……」
 数秒身動きしなかった吹雪が急にガバッと身を起こす。
「今、すごくカッコイイ美形の小林さんって言った?!」
「言ったわよ!」
「そ、それって千尋のこと?!」
「下の名前知らないもん。お姉ちゃん教えてくれなかったじゃない。それより、早く!
 今玄関で待ってる……って、お姉ちゃん?!」
 吹雪は慌てて自分の部屋を出て、階段下の玄関をこっそりと見る。
 そこには確かに深雪の言うところのすごくカッコイイ美形の小林さん----千尋が立っていた。
「な、なんでいるわけ?! 」
「えっ? お姉ちゃん、あの人と約束していたんでしょ? だって言ってたよ。昨日約束したから迎え来たって」
「約束?」
 寝起きの吹雪は頭の回転がにぶいのか、少し考え込む。そして一瞬ハッとする。
「約束って、課題の件?! そういえば、今日は図書館に行こうってことになって、迎えに来るって言ってたっけ……。てっきり午後だと思っていたのに……」
 まだパジャマ姿の吹雪は思わず慌てる。
「よ、用意しなきゃ。とりあえず、深雪、私が行くまでアイツの相手してて」
「で、できないわよ! あんなカッコイイ人の相手なんか1秒ももたない!」
 深雪はぶんぶんと頭を振る。
 わたわたと慌てる姉妹の横を、ふいに黒い影が通り過ぎた。
「俺が行く」
「えっ、雪人?」
 憮然とした表情で雪人が階段を降りて行く。
 1人千尋の方へと雪人が向うのを認めた後、吹雪と深雪は慌てて吹雪の部屋へと駆け込んだ。
「えっと、小林……さん?」
 雪人は玄関にたたずむ千尋に声をかけた。
 雪人の姿を認めると、千尋はにっこりと微笑む。
「千尋。覚えておいて、雪人クン」
「俺の名前……」
「一度聞いた名前は忘れないから。妹は深雪ちゃんで、お母さんは静さん。あ、俺の事はお義兄さんって呼んでもいいよ♪」
 誰が!と思わず叫びそうになるのを雪人はなんとか押さえる。
「姉に何の用ですか?」
 上目遣いの雪人の視線は何故か攻撃的だった。
「ん? 何って吹雪ちゃんを迎えにきたんだけど♪」
「……」
 それはわかっている。だからどうして迎えに来たのかを聞いているのだと、雪人は口に出さずに思っていた。
 そんな雪人を見ていた千尋は、クスッと小さく笑う。
「なんだかお姉さんに近づく男は許さないって顔してる」
「ど、どうして俺が!」
「いいよ、隠さなくても。その気持ちは俺もよくわかるから。あんなかわいいお姉さんがいたら、どんな男でも近づけさせたくはないよねぇ」
 うんうん、1人納得したように千尋はうなずく。
「でも俺は大丈夫。だから雪人クンが心配することはないよ」
 何が大丈夫なのか全然わからない。それどころか何か騙されそうでどうにも怪しい感じしかしない。
「ということで、吹雪ちゃんはまだかな?」
 来てから5分も経っていないというのに、千尋はすでに待ちくたびれたとでもいう雰囲気だった。
「あの、どうして姉を誘うんですか? 一緒にいてもいつも口うるさいし仕切るし、疲れると思うんですけど」
「雪人クンは知らないんだ。お姉さんが、吹雪ちゃんがとっても可愛いんだってこと」
 千尋は柔らかな笑みを浮かべてそう言った。
 あまりにも優し気な表情で、思わず雪人も赤くなりそうだった。
「吹雪ちゃんは家ではお母さん代わりでいろいろと君たちのことうるさくいっているかもしれないけれど、ホントの吹雪ちゃんは可愛い笑顔の女のコなんだよ」
 可愛い笑顔?
 雪人は怪訝そうな顔をする。もちろん家で笑うことはあるけれど、可愛いといえるような笑顔など雪人は見たことがない。
「やっぱり知らないんだ。吹雪ちゃんの笑顔♪」
 まるで自分だけが知っているかのように言う千尋に、雪人はますます不機嫌になる。
「あなたが姉と一緒にいたら、他に泣く女の人がたくさんいるんじゃないですか?」
 思わずそう口にしてしまう。しかし千尋はそんな雪人の嫌味に対し、余裕の笑みを浮かべた。 「他の女のコが泣いたとしても、俺は吹雪ちゃんを泣かせることはしないよ。もちろんこれからもずっとね」
「どうしてそんなこと言えるんですか?! 先のことなんてわからないじゃないですか!」
 そんな雪人の疑問にも、千尋は慌てない。
「そんなの簡単でしょ。俺が吹雪ちゃんを大切に思っているんだから、悲しませることなんてするわけない」
 自信たっぷりに告げる千尋の言葉。でもその内容はあまりにも簡単明瞭だった。
「何か御不満?」
「い、いえ……」
「人を悲しませるってすごく簡単だけど、悲しませないっていうのも簡単なことなんだよ。わかる? 雪人クン」
 そう言われ、雪人は返答に困る。何がどう簡単なのかよくわからなかった。
 しかし、千尋がそうはっきりと言ったからには、千尋は姉を悲しませるようなことはしないだろうと理解できたし、信じられる気がした。
「……でも本当に姉を泣かせたら許しませんよ」
 最後の最後に雪人は千尋をにらむ。
「雪人クンはお姉さん思いなんだねぇ。エライからお義兄さんが頭撫でてあげよう♪」
 千尋は雪人の肩を組むと右手で雪人の髪をぐりぐりと撫でた。
「や、やめてください!」
 嫌がって暴れる雪人だったが、千尋は楽しそうに撫で続ける。
「……アンタ達、何してんの?」
 素早く着替え、外出の用意をした吹雪が階段を降りて来た。何故か仲良くじゃれあ
う弟と千尋の姿が吹雪には不思議だった。
「あ、吹雪ちゃん、おはよう♪ 今日もかわいいね」
「はいはい、いつもありがと。それより、午前中に来るなら来るって言ってよね」
 ぶつぶつと文句を言う吹雪の態度は素っ気無かった。
「じゃ、図書館行ってくるから。夕方には帰る」
 見送る雪人と深雪にそう言いながら、吹雪は学校では履かないちょっとヒールの高いかわいいミュールを履き、玄関を出ようとした。
「雪人クン、またね。あ、俺、ちゃんと約束は守るから心配しないでね♪ 深雪ちゃんもまたね♪」
「約束? 何それ?」
「吹雪ちゃんはいいの。さ、行こ♪」
 千尋は吹雪の背中を押しながら、そして最後に肩ごしに振り返り雪人に向けてウインクをしたのだった。
 そしてドアがパタンと閉じられる。
「なによ、あんた、お姉ちゃんの彼氏と何の約束をしたのよ?」
 千尋のウインクにうっとりしながら、深雪は雪人をつっ突きながら訊く。
「……なんでもない」
 ふいっと雪人は自分の部屋へと向う。
 軽い男のように見えて、意外と吹雪のことを本気に考えているのかもしれないと雪人は感じていた。 
 そして吹雪も本気なのかもしれない、と。
 慌てて着替えたとはいえ、吹雪が着ていた服は買ったばかりのお気に入りの服だった。深雪と2人で自慢していたのを覚えている。
 たかだか図書館へ行くだけで、しかも何とも思っていない相手が一緒で、そんな服は着ないだろう。
 そして。
 『かわいい』と千尋に言われた時の吹雪の表情を、雪人は見逃さなかった。全然感心のないように返事をしていたけれど、頬が淡く赤らんだのを確かに見た。それが妙に可愛い感じで雪人の瞳に映ったのだった。
 雪人は小さくため息をつく。
「俺が口出ししても仕方がないかな……」
 姉の恋にいちいち首を出すつもりもないけれど、やはり姉に悲しい思いをさせるような相手では認めたくはない。
 千尋のことはよく知らないけれど、悪い人ではないと感じる。ある意味苦労しそうなが相手のような気もするけれど。
 雪人はもう一度ため息をつき、なりゆきを見守ることにした。

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

 4部作のうちのラストです。
 雪人クンと深雪ちゃんの登場です。
 ちーさんの家に行ったのだから、吹雪ちゃんの家にも行かなきゃということで、
書いてみました。
 このタイトルで書きはじめたきっかけは、ちーさん&吹雪ちゃんの仲を『まわりに認めさせよう』でした(本人の意志は無視/笑)。
 雪人クンにはまだ少々不満が残ったようですが、真尋さんも深雪ちゃんも公認です(笑)
 図書館へとでかけ、やっと課題に着手するかと思われますが、まぁそう簡単には終わらず、
夏休みの間2人は図書館通いを続けることでしょう。
 一応これで、4つが終わったのですが、この後の続編もできてしまいました(^^;)
 題名は変えるので、UPまでもう少々お待ちくださいませ。

    

   

   


 

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