永遙の花嫁

第十話 〜模索〜


 

 

 望美が胡蝶と会っていた頃、ヒノエは少しいらつきながら自室にいた。
 熊野に戻ったらすぐに望美と祝言を挙げるつもりでいた。
 それなのに、いきなり自分の知らない許嫁が登場し、望美との祝言の日取りを決める事すら出来ない。
 早く片を付けるにはどうしたら良いか、いろいろと頭の中で考えてみるけれど、これといって決定的な案は浮かばなかった。
 何もできずに考えあぐねていたその時、ヒノエの他には誰もいないその部屋に、わずかな気配をヒノエは感じ取った。
「何かわかったか?」
 独り言のように小さくつぶやいたその声を応え、どこからともなく一人の男が現れた。
 烏と呼ばれる熊野の隠密である。
 その男は情報収集にあたっている一人であった。
「身元に問題はありませんでした。京の一貴族の娘でございます」
 余計な言葉を省き、男は淡々と答えた。
「京の貴族の娘か。熊野とつながりを望むほどの家柄には思えないな」
 ヒノエが探らせていたのは胡蝶の素性であった。
 何故急に許嫁として現れたのか、その理由が彼女の素性にあるのではないかと考えていたからである。
「つかんだ情報がもうひとつ」
「なんだ?」
「その娘、養女でございました」
「養女?」
「生まれてすぐに養女に入ったとの事」
「生家はどこだ?」
「それはまだはっきりとはしておりませんが、どうやら鎌倉の出ではないかと」
「鎌倉と関係があるのか。それなら母上が絡んでいるのも頷ける」
 ヒノエの母の丹鶴は、鎌倉を拠点とする源頼朝やその弟の九郎の父義朝の腹違いの妹だった。
「頼朝の差し金か……。平家を平定した後は熊野に目をつけたか……。いや、わざわざこんな手の込んだ事はしないか」
 鎌倉には頼朝の息のかかった貴族も多く、また、源氏の一族にも年頃の姫はいる。
 手を結びたくば源氏の名で正式に話を通す方が得策だろう。
 源氏の名がなければ、娶らす意味はないはずだ。
 生まれてすぐに養女に出した姫を利用する真意が見えない。
「わかった事はこれだけか?」
「はい、申し訳ございません」
「1日、2日で調べたわりには上出来だ」
「ありがたきお言葉」
「引き続き調べろ。些細な事でも良い、何かわかったら知らせろ」
「御意」
 そうして男の気配は消えた。
 一人になったヒノエは、今得た情報を頼りに再び考え込む。
 しかし、胡蝶を退けるための名案は出ない。
 やはりもう一度母に会い、何故許嫁が胡蝶なのかを聞くのが早道だろうか。
 望美のためにも早く決着をつけたいと思う。
 しかし当分は母と顔を合わすことはしたくない。
 それに、これは試されているのかもしれない。
 あの母ならあり得る。
 難題を与え、それをどう対処するのかを見たいのかもしれない。
「どうしたもんか……」
 さすがのヒノエも困るばかりであった。
「別当殿」
 簀子の方から侍女の呼ぶ声が聞こえてきた。
「なんだ」
「福原より書状が届いております」
「見せろ」
 侍女は部屋の中に入ると、手にしていた書状をヒノエに渡す。
 ざっと目を通したヒノエは一つため息をついた。
「どうしてこう次から次と厄介な事が起こるんだ……」
 ヒノエは頭を抱えて唸る。
「あ、あの……」
 侍女が困った様子でヒノエに声をかける。
「あぁ、何でもない。それより、3日後に客が来て歓迎の宴を催すことになった」
「宴でございますか?」
「そうだ。椿にこれを渡して、あとは椿の指示に従え」
「承知いたしました」
 侍女は再び書状を手にすると、ヒノエに一礼してその場を後にした。
「ただでさえ忙しいってのに、まったく時機が悪いぜ」
 ヒノエにしては珍しく、深いため息をついた。



 

第九話                                    第十一話 

 


<こぼれ話>

 ヒノエ君も大変です(^^;)
 胡蝶さんの素性も少しずつ明らかになってきました。
 福原からの書状は一体誰からのものでしょう?
 そして客とは……?
 
 

    

   

  

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