いつから本気になったのだろう。
今となってはそれも思い出せない。
まだ『望美』という存在を知らなかった頃。
源氏の軍に龍神に選ばれた女が現われたと烏から報告を受けた。
その女は怨霊を封印するという稀なる力を持つという。
これまで一進一退の状況だった源氏と平家の戦。
幸か不幸か、その女はその戦に投じられた一石だ。
果たしてその力は源氏を勝利に導くか否か。
どれほどの影響があるのか、興味が湧いた。
『龍神の神子』と呼ばれる女。
烏に見張らせ、自分も遠くから様子を伺った。
見かけはどこにでもいそうな普通の女。華奢で頼りなげで、強い風が吹けばあっという間にしおれてしまいそうは小さな花の印象。
これで戦になど参加できるのだろうかと思った。
どんな強者かと思っていただけに、少し拍子抜けだったのも事実だった。
報告として耳に届く事と自分の目で見た事の差違。
その差違をはっきりさせるためには、もっと近くに行って見ていない部分を実際に見るのが一番早いだろう。
そのために、どうやって近づこうかと考えていたところに、思いがけない機会が巡って来た。
花には群がる虫が必ずいるもので、男女の出逢いとしては定番だが、絡まれたところを助けるのは良い演出になると思って女の前に姿を見せた。
そして実際に話をしてみれば、何かを決意したような強さを持つ瞳は印象的だったが、やはりどこにでもいそうな普通の女だった。
けれど、彼女は自分が思っていたような、か弱いただの花ではなかった。
内面は、弱音を吐かず悲しい時でも涙を見せないほどに強情で、つらい時ほど微笑んでいた。
どうしてそこまで一生懸命になれるのか、その理由を知りたくなった。
知れば知るほど興味をそそり、目が離せなくなった。
そしていつのまにか考えているのはいつも望美のことだけだった。
朝から晩まで、いや、寝ている間も夢の中で逢いたいと思うほどに強く惹かれていた。
自分が一人の女だけに夢中になるなど思いもしなかった。
自分の気を引こうとした女は数知れず。
どの女もそれなりに自分を楽しませてくれた。
そう、そうそれなりに。
だからそれなりの情だけしか返さなかった。返す必要はないと思っていた。
自分から何かをしてあげたいと思った女は望美が初めてかもしれない。
何かをされたからその礼というわけでもなく、何かを求められたというわけでもない。
ただ持てる限りの力を、望美のために使いたいと思った。
10代の、早い時期から熊野を背負うべく運命を受け入れた自分。
何よりも熊野を優先して考えて来た。
その思いは今も変わらない。
「望美だけを選べたなら良かったのかもしれない。でも、オレは望美か熊野かどちらかひとつは選べない」
それは変えようのない事実。
「だからこそオレはどちらも選ぶ。どちらも手放さない、裏切らない」
そう言い切ったヒノエの瞳に揺るぎはなかった。
「オレは自分の過去を否定する気はない。過去のオレがいるから今のオレがいると思ってる。でも、だからといっていつまでも過去を大事に取っておく気はない」
望美以上に大切な過去などないのだ。
視線をまっすぐに望美に向けながら、ヒノエは話を続ける。
「オレにとって大切なのは望美と一緒にいるということだけなんだ。過去は変えられない。けれど、未来はいくらでも変えられる。望むことができる。オレはお前と一緒に、今を、未来を歩んでいきたい。他の誰でもなく、お前に隣にいて欲しい。お前と2人でいることが、オレの未来になるから」
ヒノエの視界に白龍はいなかった。ただ望美だけを見つめる。望美だけに言葉をつづる。
「オレとお前の未来を、この熊野で作りたい。熊野の未来をお前と一緒に見ていきたい。これがオレの望むことなんだ」
眠る望美にその願いは届くのかはわからない。
けれど、ヒノエは望美に気持ちが届く事を信じる。
「オレはいつでも望美のしあわせを、オレ達の未来を考えている。それなのに、オレはお前を不安にさせた。その事実をオレはちゃんと受け止める。もう2度とそんなことが起こらないようにするために。もう一度誓う。オレはお前を悲しませたりしない。泣かせるようなことはしない。お前のしあわせのために全力を尽すよ」
そこで一度大きく息を吸う。
揺るぎない想いを視線に乗せて見つめる。
そして、言葉に乗せる。
「お前だけを愛してる」
第十三話 第十五話
<こぼれ話>
ヒノエサイドです。
望美ちゃんへの想いを語っていただきました。
ヒノエ君の望美ちゃんへの想いは最初から一つしかありません。
ただ愛しているということ。
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