未来になる

第十二話 〜想い〜


 望美が姿を消してから丸3日が経った。
 ヒノエの心は苛立つばかりだった。
 望美が自らこの部屋を出て行ったとか、連れ去られたというのならどんなことをしてでも探し出すことはできただろう。
 しかし、そうではない。
 望美がこの場所にいたくないと望んだのは事実だが、いなくなったのはあの閃光のせいなのだ。
 望美の意識と呼応するかのように輝いた閃光。
 あれは人間のできる技ではない。
 いくら望美が『龍神の神子』でも、望美自身ができることではない。
 しかし、『龍神の神子』だからこそ為された閃光だと思われる。
 望美の姿が消えた後に聞こえて来た声、あの声の主が望美を捕らえたのだ。
 その『力』を使われると、いくらヒノエでも対抗できる術はない。
「望美……」
 力なくつぶやく。もう何度つぶやいただろう。
 返事のない呼びかけは、ただ己の心を痛め続けるだけだった。

『そんなに神子に逢いたい?』

 何の手立ても浮かばず、半ば気力をなくしかけていたヒノエの耳に突然声が届いた。
 その声は望美が姿を消した時に聞いたのと同質のものだった。
 しかし今度は声だけではなかった。
 いつのまに入って来たのだろうか、部屋の中央に長身の人物がいた。
「やっぱりお前だったのか、白龍」
 ヒノエの前に現れたのは、この世界に望美を呼び寄せた根源たる白龍だった。
 予想したいたのか、ヒノエは白龍が突然現われたにも関わらず驚きはしなかった。
「久しぶりだね、ヒノエ」
「挨拶はいい。望美を返せ」
 ヒノエはこれ以上はないくらいに強く白龍を睨み付ける。
 5年前の白龍だったらその視線だけでおびえていたかもしれない。けれど、今の白龍は怯む事はなかった。
「この世界にいたくないというのが神子の意志だ」
「お前は関係ない! オレは望美と話がしたいんだ! 早く望美を出せ!」
 耐えかねたヒノエが白龍の胸ぐらを掴もうとした。
 しかし、その手は白龍の身体を通り過ぎ、掴む事はできなかった。
「?!」
 もう一度掴み掛かったヒノエだったが、結果は同じだった。
「無駄だよ、ヒノエ。私は別の次元にいる。見えていても触れる事はできない」
 その言葉にヒノエはギリッと唇を噛む。力の違いを見せつけられたようだった。
「……望美もそこにいるのか?」
 為す術のないヒノエは諦めてその場に座り込んでつぶやいた。
「いるよ」
 白龍は右手をスッと軽く上げる。
 すると、淡い光を放つ透明な球体が現われた。その中で、望美は子猫のように丸くなって眠りについていた。
「望美! 望美!」
 望美の姿を認めた瞬間、ヒノエはすぐさま立ち上がりその球体に手を伸ばして望美の手を取ろうとした。しかし、さきほどの白龍と同じように、ヒノエの手は望美の身体をすり抜けてしまった。
 そして、いくら叫んでも、望美は目を覚まさなかった。
「神子をそのまま元の世界に還すこともできた。今の私にはそれをできる力があるから。でも、それが本当に神子の望みなのかわからなかった。神子はヒノエのいる世界にいたくはないと思ったけれど、元の世界に還りたいとは願ったわけではない。だから今は別の次元に連れて来た」 
「どうしてお前がそんなことをしたんだ?」
「神子の悲痛な叫びが聞こえた。神子は私の神子だから、その悲しみを見過ごす事はできない。放ってはおけない」
「望美は俺のものだ」
 二人は睨み合う。
「……神子は泣いていた。神子を泣かせないと約束したのは誰?」
「!」
「ヒノエは神子を傷つけた。それを龍神たる私は許さない」
「……っ!」
 傷つけたくて傷つけたわけではない。
 無駄に心配させることはないと知らせずにいたことが、かえって悪い方へと向かってしまった。
 傷つけたくはないからと考えた行動が結果的には傷つける事になってしまった。
 それは自分の甘さであり、白龍に言われるまでもなくヒノエ自身が許さざる事だった。
「神子は眠っている。嫌なことを忘れ、安らかなる気持ちで」
 白龍のそばで、丸くなってふわりと浮かんでいる望美の寝顔は、白龍の言葉通り安らかで穏やかだった。
「どうするのが一番良いと思う? このまま穏やかに眠りについたままの方が良いと思わない?」
「……」
「ヒノエのそばにいれば、また神子は傷つくのではない?」
 その問いにヒノエはすぐに答えられなかった。
 白龍の言うように、また望美を傷つけてしまうような事が起こるかもしれない。
 けれど、同じ過ちは繰り返さない。繰り返させない。
 ヒノエは望美の顔を見上げる。
 このまま眠りについたままでいるのが良いとは思わない。思えない。
 何故なら望美は生きているのだから。
 その笑顔が見たい。
 その声が聞きたい。
 その身体を抱きしめたい。
「望美」
 名を呼んでみる。それに望美の反応はない。
「望美、俺の話を聞いて欲しい」
 深い眠りについている望美にヒノエは語りかける。

「愛してる」

 その一言にありったけの想いを乗せる。



 

第十一話                                   第十三話 

 


<こぼれ話>

ヒノエvs白龍!
ばればれだったと思いますが白龍登場です。
白龍にとっては望美がしあわせであることが大事。
それはヒノエにとっても同じこと。
望美のしあわせを考える2人の対峙の行方は……。

   

 

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