まるで水の中にいるような感覚だった。
あるいは、穏やかで心地よい風にふわりと包まれている感じ。
ここはどこだろう?
疑問は浮かぶけれど、深くは考えない。
何故かここがどこだろうと構わないという気になる。
そう。
この場所が、『あの場所』でさえなければ良いのだから。
私は間違っていたのだろうか。
好きという気持ち。
愛しているという想い。
初めから持ってはいけないものだったのだろうか。
あの人は、気持ちを、想いを向けてはいけない人だったのだろうか。
あの時の選択を間違っていたとは思いたくない。
でも……。
繰り返される不安。
答えはどこにあるのだろう。
「オレの女になりなよ」
そう言われる度に、ドキドキした。
初めは戸惑って困ったけれど、次第に嬉しくてしあわせな気持ちになった。
私が返事をしないから、ヒノエ君は何度も言った。
返事はとうに決まっていたのに、最後はその言葉が聞きたくてわざと返事をしなかった。
私を求めるヒノエ君の気持ち、私だけに向けられる優しい瞳を一人占めしたかったから。
「かわいいね」
私が何かする度にそう言った。
本当にヒノエ君の目には私はかわいく映っていたのかしら。
何のとりえもなくて、平凡な私。
もっともっとかわいい女性はたくさんいて、比べたら私なんてそのへんの石ころ並みだと思う。
でも、ヒノエ君がそう言ってくれたから、いつでもそう思っていて欲しいから、私は頑張ってこられたと思う。
少しでもあなたの目にかわいく映る自分でいたかった。
あなたがくれる言葉に心が踊る。
時々からかわれて意地悪な言葉もあるけれど、あなたの言葉ひとつひとつが大事な宝物。
あなたが笑顔を向けてくれるから、私も笑顔になれる。
それはずっとずっと変わらないと思っていた。
今、あなたの笑顔を見ても、私は笑顔にはなれない。
心に渦巻く黒い何か。
心が闇に沈んでいく。
ヒノエ君は私が欲しい言葉だけをくれるのに、私は言ってはいけない言葉を口にしてしまった。
決して本心ではないのに、ただ勢いだけで言ってしまった。
私はヒノエ君を傷つけた。
それだけで、私はもうヒノエ君のそばにいる資格はなくなってしまったかもしれない。
こんなにも好きなのに。
こんなにも愛しているのに。
一度こぼれた言葉は元には戻らない。
そばにいたいのにいられない。
どうしたらいいの!
どうしたら!
私は……!
『眠りなさい』
ふいに聞こえる声。
『何も考えなくていいから』
穏やかな声に心が次第に落ち着いてくる。
『今は眠って』
眠りたい。何も考えずに眠ってしまいたい。
次第に意識が薄れていく。
『眠って、神子』
声に言われるまま、私はそれに従う。
意識は泉に投げ入れられた小石が水底に沈んでいくかのように、深く深く落ちて行く。
第十話 第十二話
<こぼれ話>
急展開を迎えたのに今回は小休止といった感じでしょうか(^^;)
望美ちゃんのヒノエ君への想いはすごくすごく深いのだと思います。
睡守は『すいしゅ』とお読みくださいませ。
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