loin de l'<<expression>>
(「表現」から遠く離れて)
 Op. 3.0.1

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作曲期間  1998-99年
編成    オーケストラ(3(1picc),2+ehrn,2+bcl,2+dbn/4,3,3,1/4perc/cel/hrp/pf/12,10,8,8,6)
演奏時間  13分
初演    1999年9月 東京、東京芸術大学奏楽堂
      小田野宏之(cond), 芸大フィルハーモニア

会心の出来と云わぬまでも、少しは自分の方法に確信らしきものが得られたと思われた「dis-com-position」は、芸大の2年次の室内楽作品として提出され、期待していたほどの成績はもらえなかった。どうやら私の得た確信とは、その程度のことでぐらつくほど脆いものであったらしい。

一部には全く違う動きはあったものの、芸大の作曲科で一般に考えられている「作曲」というものは、当時の私が考えようとしていたそれとは、かなり隔たったものであるということは以前から認識していたのだが、私自身の考えの「正しさ」についての確信は持っていなかった。ある一つの「正しさ」を他人に主張することに関して、私には嫌悪感に近い感情があったのだ。ファシスティックな〈否定〉は、したくないし、されたくもない。しかし、少なくとも私にとっては「dis-com-position」は〈否定〉されたと映った。私の胸の内には失意の気配が少し色濃くなった。

私にとっての問題点が果たして、技術的に「拙い」ことに過ぎないのか、それともそれに加えて方法的に「誤って」いるということなのかが判らなくなってきたのだ。そこに、以前から気にかかっていることが俄然頭を擡げてきた。というのは、例えばシェーンベルクが結局は調性の拡張を極限まで押し進めた果てに無調に辿り着いたのと同様の、書法の彫琢による様式の変化というものが自分にすっぽりと抜けているのではないかという疑念である。私の変化は書くうちに必然的に生まれてきた変化だっただろうか。そうでないとすれば、果たしてそれでよいのだろうか。それは恐竜が哺乳類を産むような突飛なことではないだろうか。だとすると、自分は一度、20世紀前半の様式を通過する「べき」なのではないだろうか。そのように具体的に言葉にして考えたかどうかはともかく、それに近い感覚はあったと思う。芸大3年次になって取り組むことになるオーケストラ曲で私は、それを敢えて試みてみるという「暴挙」に出た。

ひたすら「耳で」書く、「内面」の「表現」としての音楽を書く。序破急的な構成。クライマクスへの漸増的な盛り上がり。静謐なムード。そういう音楽自体を目的として書くということは、自分に対して何らかのエクスキュースを必要とした。私は他人が書いたそういう音楽を聴くことは決して嫌いではない。その、彼(女)の中の必然性が生んだスタイルであれば、そしてそのスタイルの中で適切な音楽であれば、どれもみな美しいと思う。しかし、それを「自分が」書くということに、必然性が見つけられるだろうか。

繰り返しになるが、私は元来この手の音楽を否定したいのではまったくなかった。ただ、他の選択肢の存在を認めたかっただけなのだ。そこで今回、私はこのスタイルを「選ぶ」ということで、このスタイル自体が「選択可能な多くのスタイルの中の一つ」であるということを示そうとした。それは見方によっては途方もなくシニカルな立場となるだろうが、私が一度「そういう曲」を書いておくということに必然性を与えることにはなったと思う。

「表現」ということを「敢えてしてみよう」という態度は、音楽のア・プリオリな表現力を措定した上で「表現」しようとする態度とは、近いようで非常に隔たったものであってほしい、という願いが、この曲にこのタイトルを冠した理由である。皮肉にもこの曲を「表現」として好いてくれる人は一定数いたようだが、その問題意識を共有してくれる人はいよいよ少なくて、一時私は四面楚歌的状況に陥った気がした。実際、「表現」ということを問題にするにあたって、例えば本当にベートーヴェンが「内面」を「表現」していたと云えるかと川井学先生に問われた時に、私は自分の議論の甘さを少し思い知った気がしたものだった。

いずれにせよ、この曲は自分を大学院に入れてくれた曲だし、「風の心臓」を生むきっかけを与えてもくれた曲である。自分の一部として大切にしたいとは思っている。なお、この作品は、初演が終わって少し客観的に見られるようになった後で、今まで親身に指導して下さったお礼として、師匠の永冨正之教授に献呈された。(02/01/2001)

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