architecture auriculaire
(耳で聴く建築)
 Op. 1.0

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作曲期間  1997年
編成    イングリッシュ・ホルン、ピアノ
演奏時間  10分
初演    1997年5月 東京、東京芸術大学
      佐川光一朗(eng-hrn)、北村明子(pf)

2台ピアノ曲「3本の線」を作って聴いてみて、実際に自分に聞こえてきたのは、終始変わらないセリー的に錯綜するテクスチュアだった。パッと聴いた印象で判断してしまうのは危険なことだと思いつつも、テクスチュアが変わらないのはやはり音楽自体のパレットが乏しいということに繋がるような気が、どうしてもする。もう少し色々な音響が混在している曲が書きたくなった。

一方で、音楽を時間軸上で構成することを考えるときに、時間が一方向にしか進まないという事実が常に厳然と在って、それを意識化できる作品が可能かどうかということに関心があった。また一方で、アラン・ロブ=グリエの「ジャルジー」「去年マリエンバートで」といった作品で用いられている、時系列を構成する断片を読み手に不規則な順序で次々と与え、読み手自身に時系列を再構成させるのだが、再構成が進むにつれ、その時系列の内部に矛盾が生じてくる、というような手法(しかもそれは最終的には小説や映画といった一本の時系列の線の形を取るのだ)をとても面白く思い、この構成法を音楽に演繹できないかと思い始めた。

折しも学校では1年次の作品課題として、ピアノと独奏楽器の2重奏作品を書く必要があった。私が独奏楽器に選んだのはイングリッシュ・ホルンという、独奏楽器としてはほとんどスポットが当てられたことのない楽器だった。オーボエを独習した経験があったので、他の楽器よりは身に引き寄せて考えられたということと、やはりその独特な音色を使ってみたかったということがあったのだろうと思う。

まず8種類の性格の異なる断片を用意した。
 A:遅くポリフォニックな動きと色彩的な和音による装飾。弱奏。
 B:オリジナルの旋法(「3本の線」の項を参照)による一定リズムで加速(crescendoを伴う)する和音進行。
 C:senza tempoのカデンツァの応酬。ピアノの弦の共鳴の利用。広いダイナミクス。
 D:速いテンポによるヴェーベルン風の点描的なトーン。広いダイナミクス。
 E:senza tempoのトリル音型。音程のレンジは半音からクラスター状に拡がる。crescendoとdiminuendo。
 F:ピアノの和音連打とイングリッシュ・ホルンの重音奏法。中庸のテンポ。最弱奏(最後の楽章のみ強奏)。
 G:細かい変拍子による速いユニゾンの動き。次第に音程とリズムがヘテロフォニックにずれる。弱奏。
 H:非常に速いモノディを2楽器間で交互に受け渡す。crescendoとaccelerando。

4つの楽章はA〜Hの断片をそれぞれ一つずつ含む。最初は順序をランダムに変えられ、一つずつ十分な休止を挟みながら提示される。楽章が進むごとに、一部の断片は本来の順番通りに結びつけられ間隔を置かずに演奏され、最後の楽章では全ての断片が順番通りに一続きに現れる。互いに無関係だった断片が聴くうちに構成されていく過程を聴き取れるようにしようと意図した。

この作品で残った問題は多々ある。まず必然的に繰り返しが多くなるが、これは作品の意図から当然であり、特に問題とは思っていない。次に、ロブ=グリエ的手法はどこへ消えたのかという問題がある。これは、やっているうちに作品の意図が次第に曲がってきてしまったためで、以後再び取り組もうと思っている。そして最も問題なのは、各断片がこのような順番で継時的に現れる必然性は、実は何もないということだ。このようなケースにおいては、必然性は反復の中で次第に生じてくるものであろう。とすると、今回のこの作品では、楽章4つではサンプルが少なすぎるのだ。もっと多くのサンプルをもって初めて、Aの次にはBが来る、というような感覚が培われることであろう。しかし一方で、あまりそれをやっていると、さすがに私の許容度をも超える単調さを作り出さねばならないことになりかねない。それにしても、あと2つから4つくらいは付け加えてもよかったかもしれないが。更に、各断片の音楽的な魅力という点で、もう一つひねりが欲しいという気もする。

今はこの作品は半ば放った形になっているが、もう少しここで取り上げた問題を掘り下げる機会を持ってもよいのではないかと、今は思っている。ちなみにこのタイトルは云うまでもなく、ラヴェルのピアノ・デュオ曲、「耳で聴く風景」をもじったものであるが、作品の意図に馴染む語感であったことからつけたという以外には特に意味が付与されているわけではない。(12/2000)

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