七つめのドラゴン

 どこの学校にもあるだろうけれど、この星望学館高等部にも七不思議なるものが存在する。

  3Eの教室に出るという女子生徒の幽霊
  夜になると笑うという人の顔の形をした更衣室のカーテンの染み
  毎年一回は流血沙汰を起こすという工芸室の糸ノコ
  流すとどこからともなく鈴の音が聞こえてくるという本館1階の男子トイレ
  ひとりでに音楽を奏でるという第二音楽室のピアノ
  花を枯らした当番は大学進学に失敗するという中庭の花壇
  そして、南館のどこかにあるという“龍の壺”……。

T,今年の出し物(1)


 前期の授業が始まってまだ日も浅い、うららかな春の放課後である。こんな日は、爽やかにクラブ活動に励んだり、とっとと帰宅部するのが有意義な過ごし方である。 だが、日当たりのあまりよくない、視聴覚室でくすぶっている一団がいた。
“星望祭実行委員会・第一回高等部委員会”
「……という訳で、今日はそれぞれの係を決めます。黒板に近い人から順番に、希望する係に名前を書き入れて下さい」
 黒板にはプログラム係、会計係などの名前が並んでいる。
「何だこりゃ?」
 2年C組の委員・明石竜一郎は、黒板の端、一番最後に書かれている“発表係”の名前に目を留めた。
「りょーかん、お前、去年も実行委員やってたから、知ってるだろ?」
 竜一郎は、ホームルームの時間、居眠りこいている間に”二人目”の委員に当選してしまっただけに、いま一つ委員会活動に取り組む態度がなげやりなのである。

「おい、竜一郎、委員長の説明聞いてなかったのかよ。委員会独自の展示・発表を行う係。ほら、星望祭の時、実行委員会本部が展示やってるだろ?中学部が毎年『星望祭スタンプラリー』を、去年の高等部展示は『我が校の名物先生』ってテーマで俺たちの担任が……」
 竜一郎の問いに、同じく2Cの委員である高鳥良寛が答えた。“優秀”の部類に入る良寛は、おまけで選ばれた竜一郎と違って、選ばれるべくして選ばれた”一人目”の委員である。それだけに、委員会活動における使命感が違うのである。
「あ、思い出したっ『エントリーbR:必殺チョーク投げ!1年C組担任・天野“ハンター”時広先生』ってやつ。……何だか楽しそうじゃねーか!りょーかん、一緒にやろうぜ!」
「あのなあ……分かったよ、一緒にやりゃいいんだろ」
  ・2H三輪恵理奈
  ・2C明石竜一郎
  ・2C高鳥良寛
 良寛は、竜一郎の横に、渋々と名を書き添えた。
「……おいおい、なんでお前が同じ係なんだよ」
 竜一郎は同じ発表係に名を連ねた女子一名に、不満を洩らした。
「悪かったわねー。……それより、なんであんたみたいな奴が委員に選ばれたのよ?」
 2年H組の三輪恵理奈は、元気のいい女の子である。
「どーした?竜一郎?」
「説明してやろう、りょーかん。この女は俺が……」
「……よおし、よーく分かったぞぉ。俗に言う『クサれ縁』ってやつだな。まさかお前のよーな奴にも”があるふれんど(死語)”がいたなんて、こりゃ一本取られたぜ(^^;)」
「そりゃ確かに『クサれ縁』な奴だぜ。……でも一体どいつがガールフレンドなんだっ!?りょーかん!」
「そうよそうよ、誰のガールフレンドですって!高鳥君!……こんな人達は放っといて、委員長質問がありまーす。発表係の発表って、今年は何をするんですかぁ?」
「いや、まだ決まっていないよ。君達発表係のメンバー3人で提案してくれ。資料集めや模造紙書きなど大人数が必要なときは、全体委員会の時に提案して下さい」
「……だ、そーだ。そこの2人!分かったの?返事は?」
『は、……はい』
 三輪恵理奈は、元気のいい女の子である……。

「それはそうと、恵理奈、お前何かいい案でもあるのかよ?」
「じゃーん、まかせて。ズバリ『星望学館七不思議』!」
「なーんや、それ」
けけけっ
 竜一郎は鼻で笑い飛ばした。
「……あ、それ、姉貴’ズに聞いたことあるぜ」
 良寛には、星望OGの姉が二人いる。
「ほうら、高鳥君だって知ってるじゃん。興味あるでしょ?」
「おい、りょーかん、こんな女の味方するのか?親友の俺を捨てて……」
 恵理奈に主導権を握られて、竜一郎は御機嫌ななめだ。
「興味はあるんだけどさ、ちょっとね。……『七不思議』って、上の姉貴が高等部にいた時代の噂だから、十年ぐらい前……、まだ旧校舎の頃の話だぞ。そんな古い話ネタにして大丈夫かなあ」
「えっ?これってそんな昔にもあった話なの?でも、『七不思議』は今、女子クラスの間でちょっとした話題になってるのよ。ほら、今年は新校舎が落成してから7年目でしょ、『何か起こるんじゃないか』ってね」
「へえ〜」
「まーかせて。大丈夫っ!今週の私の星占い『思いついた意見はどんどん言うとラッキー』ってなってるんだから」
 全く女ってのはどうしてこういう話が好きなのかね、と男子2名は少々呆れていた。
「……では、発表係、係長の名前と今日の話し合いの結果を報告してください」
 そろそろお開きの時間だ。委員長がまとめに入る。
「おい、係長って誰だよ、それに話し合いの結果なんて出てるのか?俺は知らねーよ」
 竜一郎はすかさず責任を回避しようとした。
「こりゃ、ジャンケンだな」
 良寛が無難な意見を出す。
「じゃ、一回勝負ね」
ジャーンケーン ポン!
「あーっっっ、何で俺が負けるんだよぉ……」
 竜一郎はパーを出した自分の手を、虚しく見つめた。
「……発表係、早くしてください!」
「は、はい。係長は俺、2Cの明石竜一郎です。今日は今年度の委員会発表について話し合い、今のところ……最近話題になっている『星望学館七不思議』とかをやってみようかなあ、なんていう意見も出ていますが……」
「はい、分かりました。では、決をとります。それでいいと思う人挙手してください」
 皆、早く会を終わらせたかったのだろう、自動的に次々と手が挙がった。
 事態というものは、当事者の預かり知らぬところで、勝手に展開していってしまうものなのである。と、この時竜一郎は知ったのだった。
「やったぁ、らっきー(´▽`)頑張りましょうね、明石君、高鳥君」
『は、はあ』
 2人はとりあえず気のない返事をした。