■セブンアイ
 
「花束」


 ドイツで、ジーコ監督のインタビューをするチャンスをもらった。ヨーロッパのまぶしい夏をバックにしたテラスで話した時間は、湿度と戦いながら苦しんだ、あの予選の1分1秒とはまるで違い、穏やかで、静かで。この1年で顔に刻また深いシワや、広がった額が、このときばかりは苦悩ではなく、豊かな年輪に見えたように思う。
 ジーコが笑った。
「あれだけ、イチゴをもらったんだ。負けるなんてこと、できっこなかったよ。第一、いつも、大好物の練乳付きだったからね」

 現役時代、前夜に食べると必ずゴールを奪ったという幸運の果物・イチゴを、唯一調達できなかったイラン戦以外、つまり最終予選4勝全ての前夜、押し付けがましい縁起担ぎで差し入れした、とこのコラムにも書いた。
「見つけるのにムキになっちゃって、現地に取材に来てるんだか、イチゴや練乳を買いに来てるんだか、よくわからなくなりました」
 私がそう言うと、また大笑いした。取材を終え、スタッフ皆からお祝いの花束を渡したとき、それをじっと見つめた。
「これ、サンドラにあげてもいいかい?」
 予選突破が決まり、今も大会期間中なので別行動だが、サンドラ夫人(49歳)も息子さんとコンフェデレーションズ杯にブラジルから応援に来ている。バンコクで予選突破を決めた直後、最初に電話した相手は、もちろんサンドラさんだった。

「バンコクから電話をしたら、彼女は、やっと安心できます、本当によく頑張った、と言ってくれた。私がこんな仕事をしていることで、彼女にも大きなプレッシャーがかかってしまっただろう。どんな試合でも、試合を終えるたびに、彼女に最初に電話をする」
 17歳と14歳で知り合い、75年、初恋の女性と結婚した。初めてのデートは自分の試合。現役時代、故障や重圧から夫を守り、50歳を迎え、ようやく2人で静かな時間を楽しもうかというときに日本代表監督を選んだ夫を、世界最強にして最高のサポーターは、どんな思いで支えているのだろう。
 ジーコは、試合や遠征から戻ると、奥さんに必ず花を買って帰宅する。現役時代のブラジルでも、東京でも。花を買う時間さえないままドイツに来たことを、ずっと気にしていたようだ。夫妻の戦いもあと1年、W杯が終わったら、2人でゆっくり旅行がしたい、と言い、ジーコは花束を抱いて部屋を出た。

(東京中日スポーツ・2005.6.24より再録)

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