■セブンアイ
 
「幸福のイチゴ」


 大きなスーパーマーケット2つ、それに地元のスーク(市場)を1つ。UAEに比べれば湿度も低く、過ごし易いバーレーン・マナマのリゾートホテルのフロントで、私は地図に3つの赤丸を書き込んでもらっていた。
「ところで、なぜイチゴが必要なんだい?」
 いい質問だ。

 サッカーW杯アジア最終予選バーレーン戦がいよいよキックオフを迎えようというとき、K記者と私は2人、あきれるほど広いショッピングモールを、端から真剣な表情で歩いていた。いつだったか、このコラムに、ジーコ監督にとって縁起のいい食べ物のひとつはイチゴだ、と書いたと思う。現役時代、大一番の前に食べるとゴール、アシストを決めるために、チーム専属のシェフも遠征先で探すのに苦労したそうだ。
 ここまで北朝鮮戦、ホームのバーレーン戦で差し入れをして何とか勝った、イランでは買えなかった。こうなると後には引けない、と身勝手な縁起担ぎである。しかし、いくら探しても見つけられず、バーレーンでは無理か、と諦めかけた。2人で呆然と立ち尽くしながら、日本を出る際、97年の苦しい最終予選全てを共に取材した記者、もうデスクだが、彼に「神田明神で祈祷し、2試合分のお守りを川淵さんに渡しました。行けないのは寂しいですが、僕の分もがんばってください」と言われたことを思い出した。

「もしかしたら、隠してあるかも」
 2人で別の店員にそれぞれ尋ねる。祈るような気持ちで待っていると、ほかの果物や野菜とは違う場所に、ていねいにラップをかけ冷蔵されていたイチゴが運ばれてきた。私たちは売り場で飛び上がって喜び、練乳を付けて準備完了。気温が30度を超える湾岸地域では高級品だという。フランスからの輸入品だ。縁起がいい、か?
 この十数年、代表取材に恵まれた。大勝負前日、夢の目前で敗れ、ピッチを去った数え切れない選手たちのことを私はいつも思う。2日早朝、好調だった小野伸二(フェイエノールト)の骨折が判明し、正式発表を聞きながら胸が痛かった。ここに出発する前、8年前の予選を突破した井原正巳氏、名波 浩(磐田)と対談をした。

「俺たちが8年前やったことを、ヒデ(中田)も、川口も楢崎も継承してくれている。だから心配なんて、何もしてない」
 2人はそう言って、悠然と笑った。
 情けない記者は、イチゴを抱え、お守りを握り、祈ることしかできないけれど。

(東京中日スポーツ・2005.6.3より再録)

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