■セブンアイ
 
「堂々の“クビ”」


 会話の中にあまりにも自然に溶け込んでいたので、危うく聞き逃すところだった。目の前にいる31歳のチャーミングな女性は、男性でも女性でも、会社務めなら絶対に聞きたくない単語を、力強く連発する。
「監督になって1勝して、その後3敗してクビになったんですけれど、指導者の仲間には歓迎されました。ユリコ、この仕事、5回クビになってやっと一人前なんだからな、やっとスタートラインだって。だから私、あと4回クビになって頑張ろうと思っています」

写真撮影:篠原岳夫
 強い意志の全てがそこに凝縮されたかのような太い眉を、茶目っ気たっぷりに動かし、佐伯夕利子(マドリード在住)は笑っている。
 2年前、サッカー大国スペインで、史上初めて女性でプロ監督ライセンスを取得したのが日本人女性だったということは、スペイン国内でむしろ衝撃的に報じられた。現在は、名門・アトレチコマドリードの女子チームの監督だが、結果にこだわる男子プロリーグの職に就きたいという。03年には、スペインリーグの3部・プエルタボニータで監督が解任され、コーチだった佐伯が急きょ、監督に就任した。自分よりも、身長も歳も上の男性選手たちから敬意と信頼を集め、堂々と指揮を取り、クビになった。

 今週、佐伯が一時帰国した翌日、私は彼女と渋谷のオフィスで初対面した。紹介し合ううち干支がちょうど同じと知り、軽いショックを受けた。年齢差ではない。男性でも怯むはずのプロ監督業に「女子やユースの指導ではなく、鳥肌が立つような舞台で勝負がし続けたい」と真正面から挑むその自信と潔さに、自分の12年前の仕事を、いや今の姿さえ恥ずかしく思えたから。

 航空会社に勤務する父の転勤で、テヘランで生まれ台北で育って、日本でも学び、スペインに渡る、超転勤族だった。異国で、しかも初の女性プロ監督として、男性チームを率いることになったとしても、どこにも溶け込んでしまう、そんな包容力やバランス感覚の、それは素地であったに違いない。
「どんなことが一番嫌だったか?」と聞くと、首をすくめた。
「根も葉もない噂話を得意気に流す、女みたいな男がいますよね。ああいう政治家みたいなオジさんに、私は絶対なりたくない」
 大丈夫、ユリコさん、オジさんにはなれないから。私たちはまた大笑いした。牛(丑年)は、後ろに戻れない動物だ、と、昔言われたことを思い出した。

(東京中日スポーツ・2005.5.27より再録)

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 佐伯さんのこれまでの活躍を追ったノンフィクション「情熱とサッカーボールを抱きしめて」(フィールドワイ)が発売中。
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