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■セブンアイ 「尚子の決意」
ゴールデンウイーク明けの月曜日は、ビッグニュースで始まった。 シドニー五輪女子マラソン金メダリストで、女性で最初に2時間20分の壁を破ったランナーが、10年師事した小出義雄氏(佐倉アスリートAC)からの独立を発表するという。こんな知らせをもらい、ホテルに駆け込むと、黒のスーツを着た高橋尚子(スカイネットアジア航空)が、200人近い報道陣を前に「決意」の内容を説明している。 「後ろを見たら断崖絶壁、そういう状況が駆り立ててくれるものがあると思います」 晴れやかな表情で答える姿を見つめながら、「桃の香り」が蘇ってきた。 具体的な行動は別として、彼女が何かを心に秘めていると感じたのは、昨年末、久しぶりに長いインタビューをした時である。努力、強気、並外れた練習、これらによって全ての夢を叶え続けた32歳が、故障、五輪代表落選、また故障と苦しい1年を終え、こんな話をした。 「私は今まで結果の出ない後輩たちを、努力すれば強くなる、努力が足りないのだと軽々しく叱咤していました。でも、努力や気持ちだけではどうにもならないことも世の中には沢山あるのだと……、とても恥ずかしいです」 金メダルより、世界記録より、これまでのどんな積極的な言葉より、深く心に染みる話を聞き、新たなステップへと歩もうとしていることだけはわかった。 小出監督の指導を受けようと熱意に溢れてリクルートに入社したが、先輩・有森裕子らが監督とのマンツーマンでマラソンの五輪メダルを狙う時期と重なった。当時、結果を出していない新人が、監督の指導を受けたいとするむき出しの向上心だけで、米国の合宿地へと飛んでしまったこともある。そして今、希望と野心に燃えて監督の元に集まった後輩たちに、高橋はおそらく10年前の自分の姿を見たのだろうと思う。自分の持ち時間はもう終わった、次の選手たちが順番を待っているのだ、と。 昨年のインタビュー後、高橋はわざわざ自分で用意したケーキを切り分け、「今、お茶を淹れます」とキッチンへ立った。長いこと、それはマネジャーの仕事だった。あのとき、カップを暖め、ていねいに淹れてくれたピーチティーの芳しい香りが、33歳の晴れやかな門出と重なった。しなやかで、どこか温かくて、力強い。 (東京中日スポーツ・2005.5.13より再録) |
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