■セブンアイ
 
「スカーフ」


 排気ガスでスモッグのかかるテヘランで、サッカー日本代表に帯同して、「アウェー」の毎日を過ごしている。
 テヘランで、一番おいしいケバブ(肉を串焼きにする料理)と評判のレストランに入ると、店中の視線が、自分に強く注がれていることにふと、気付く。外国人女性が、下手クソなスカーフの巻き方で入ってきただけでも、興味深かったのだと思う。緊張気味に席に付こうとしたとき、店の女性が駆け寄ってきた。

「脱がれても構いませんが……、スカーフは絶対に取らないでくださいますか」
 脱がれても、といっても、別にTシャツになろうとしたわけではなく、トレンチコートを脱ごうとしただけなのだ。しかし店中の女性は皆コートを着たまま食事をしている。脱ぐか、脱がないか……、非常に緊迫した空気が店に漂い、コートを脱ぐのを止めたとき、人々が一斉に視線を食卓に戻し、また楽しそうに食べ始めたから噴き出してしまった。

 イランでは「マグネ」と言われるスカーフを巻くようだ、と先週このコラムに書いたのだが、本当に必ず巻いて取材もしている。選手からは「マッチ売りのオバ……いえ、少女」と笑われながら。体の線を出さないようコートも着るが、レストランで、それさえ脱がずに食事をする女性たちの姿を知った。

 ホテルの部屋を掃除してくれる女性は、さらに厳格に、足まで隠れるマントを着ている。
「全部脱いで町を歩きたいと思いますか」
 午前中、部屋に来てくれた女性は英語が上手くて、とても楽しく話ができた。
「暑い日などはね。でも、脱げば自由になれるわけではないと思うの。娘たちには、まず学ぶことで自由に、と教えて来たんです」
 彼女は3人の娘と息子、4児の母でご主人は事故で亡くなったという。以来、女性が職に就くことが難しい社会で、ホテルなどの清掃の仕事を続け、ようやく一人が結婚した、とうれしそうに笑った。

 今回はチャーター便を使っており、機内で、イランに滞在する乗務員の女性たちとも、スカーフやコートについて話をした。一人が「いつもこんなに差別されるところに生まれなくて、本当によかったあ」と無邪気に言い、女性全員で何となく笑ったが、それは違っていたと今は思う。「学んで自由に」──彼女が教えてくれた言葉と、代表の勝ち点が、26日未明、チャーター便に乗るときのイラン土産だとすれば、それが最高の旅である。

(東京中日スポーツ・2005.3.25より再録)

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