■セブンアイ
 
「マグネ」


「マスジマさん、できれば目立たないように、地味目に行動してくださいよ」
「はいはい、いつも通りでいいわけね」
 代理店の担当者にはユーモアがないため、「ダメです、マスジマさんのいつも通りは……」なんて、こちらをにらんでいる。
 25日にサッカーW杯最終予選第2戦目、イランとのアウエーに向かう日本代表とともにチャーター便に乗るため、この原稿を成田空港で書いている。イランでは、特に女性には服装の制限があるため、代理店がていねいな案内を配布してさまざまな情報を提供してくれた。イスラム教の国に行くのは初めてではないが、今回は、バスの移動、ホテル、到着時も機内から「地味なスカーフを着用してください」と指示された。全身を隠すのはチャドル、スカーフ形状のものはマグネと呼ぶそうで、ほかにも体の線は出さないよう、ひざ丈のコートを着用することになっている。

 そもそも、私たちがスカーフを使うとすれば、それは装いに華やかさを加えたいと思うときであって、「地味なスカーフ」という全体がかなり難しい。それでも無地で派手ではないものを選び、テキスト通り髪を隠して巻いてみると、たった布一枚なのになんだか圧迫感がある。そして、その圧迫感に、鏡を見つめながら、ふと、イスラム圏の女子アスリートたちのことを思った。

 アジア大会でも世界陸上でも取材してことのあるイランの投てき選手は、思えば、場内に入っても、あのスカーフを頭に巻いていたのだ。試技の瞬間だけそれを取り、投げ終わるとまた巻く。真夏の気温と湿度と、大量の汗をかいてもなお、インタビュー中も外さなかった姿に、同情ではなく、どこか気高さを感じたことを思い出す。
 かつて、トレーニングで「外を走った」ことを戒律違反とされ、自宅の窓を割られた金メダリストもいる。ヘソ出しが常識的な女子陸上界で、長袖Tシャツにハイソックスで自由な国から来た女性たちに圧勝した姿もまた、誇りに満ちあふれていた。テヘラン滞在4日、マグネのお陰で私は何かを知ることができるのだろうか。

 知らない土地での「いつも通りではない」仕事に緊張し、電話1本かけるにも大騒ぎし、締め切りに胃を痛めながら、自分もまた、アウエーで試されているのかもしれない。10万人といわれるイランの観客の前で、平然とプレーし勝ち点を奪おうという代表とは、レベルが違うのだが。

(東京中日スポーツ・2005.3.18より再録)

BEFORE
HOME