■セブンアイ
 
「約束を守る男」


 バレンタインデーの特集で、「あなたはどんな男性が好きですか」と、かなり漠然とした質問に、チョコの小袋を手に提げた女性たちが笑顔で「優しい人です」と、これまたかなり漠然と答えているのを、空港のテレビでぼんやり見つめていた。私のバレンタインは、チョコの小袋を優しい人に笑顔で贈る代わりに、出張の往復、大量の原稿を抱えて空港ロビーを「キャー、締め切りぃ」と絶叫して走り回る羽目になった。携帯電話が鳴り、データのない番号が出ている。

「あのお、ノムラですけれど」
「はい」と生返事をして考える。はて、どちらのノムラさんで?
「柔道の野村です」

 アテネ五輪で史上初の3連覇を果たした柔道の野村忠宏(ミキハウス)からの電話である。
 昨年12月、テレビの出演と受賞ラッシュで大忙しのときだった。彼に頼みごとをしたことがある。忙しいなか、広報と日程を調整してくれたが、土台無理な頼みであり、キャンセルしても問題はなかった。そして、それきりになっていた。少なくとも、私の方は。

「あのときいただいた話、まだ大丈夫ですか。ようやく、毎日が落ち着いてきたんで、日程を調整しようと思っています。検討すると約束したのに、ずっと気になっていたんです」

 五輪史上初の快挙とは、そのことから半年経ってようやく落ち着くほどのインパクトを持っていたのだ、と、軽量級(60キロ級)で果たされた、重い偉業を改めて思う。

 頼んだ自分のいい加減さに冷や汗をかいた。しかし、じつにうれしかった。階級別のない全日本選手権にあえて出るかもしれないと発言したことも知っているが、一方では勝つ柔道を続ける苦悩、スピードと体力が絶対条件になる軽量級の過酷さを聞いているだけに、引退は当然だと思ってもいた。

 だから、会社名ではなく「柔道の野村です」と言った、ほんの短い言葉に、何だか、気高さとか、意欲が溢れているように聞こえた。「勝手に聞こえたんじゃないですか」と、野村は笑うと思うけれど。

 日程の話をして礼を言って電話を切り、バレンタイン特集の続きをまた見つめた。「優しい人」は、相変わらず好きな男性の首位を独走している。私は、約束を守る男、果たそうとする男が好きだ、と、画面に向かって答えてみた。ベスト5にそれが入っていないのは、とても残念だったが。

(東京中日スポーツ・2005.2.18より再録)

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