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■セブンアイ 「ロンドンにて」
ロンドンの日の出は遅い。 サッカーW杯最終予選に合流する稲本潤一(カーディフ)の取材のために英国に来て1週間、毎朝、宿泊するホテル前で雑用を担当するおじさんと、他愛もない会話を交わして一日が始まる。建物の横にある薄暗い階段下には、彼の小さな控え室がある。 最初の日、気がつかずにその上でストレッチをしながら、下から「おはよう!」と声をかけられて驚き、以来、挨拶をするようになった。同じアジア人というと、何だか気楽になるから不思議だ。ヘトヘトになって帰ってくると、掃除や、赤と白のシクラメンの手入れもちょうど終わり、おじさんは、人のいい笑顔と白い歯を見せながら「成果のほどは?」なんて声をかけてくれる。宿泊客が読み終え、処分する1日遅れの新聞を何紙もたくさん抱えて。 今日帰国する、と伝え、控え室に下りる階段に座って話をした。 昨年クリスマスに国際電話をかけ、子供3人と話したのが最後になったという。年が明けようやく妻との連絡が間接的に取れたが、津波にのまれた10歳の娘と、何人もの親戚の行方が今もわからないのだ、と、彼は唇を噛み締める。 名前も知らない人だけど、コップを置いて、手を合わせる。ありがとう、祈ってくれてありがとう、と彼は笑った。 (東京中日スポーツ・2005.1.28より再録) |
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