■セブンアイ
 
「地震」


「これが地震かい? 大丈夫なのか、天井は崩れないのか、逃げなくていいんだろうか」
 ドアを開けると、左の部屋の男性は顔面蒼白、右の部屋の男性は浴衣にスニーカーというおかしな格好で廊下に飛び出してきた。
 一応、部屋のドアを開けようとした私が「たぶん震度4か5くらいかなあ」などど妙に落ち着いているので、2ひとはやっと安心した表情になった。

 6日夜、サッカー日本代表の合宿を取材するため千葉のホテルにいた。場所柄、外国人が多く宿泊しているため、地震初体験の人が多かったのだろう。廊下で心配そうな外国人を気の毒に思い、点検に来たホテルマンに「余震もあるかもしれないし、何かアナウンスしてあげれば」と聞いてみた。
「何かあったら、放送することになっていますので、とくに何もなければしません」
 それこそ彼は自信たっぷりに言うので、黙って見送った。

 さて、13日に運命のオマーン戦を控えるジーコ監督、天候不順、ケガ人続出と、傍目にはさんざんな国内合宿のように見えるのだが、なぜかこちらも自信満々である。

──監督、不安な点、注意すべき点は?
ジーコは両手を広げて笑う。
「ないね。私は楽観主義者だから」

 この場合、楽観主義を言葉通り真に受けると大きな勘違いをする。真にあるのは悲観主義、つまり、最悪のこと、万が一、それらばかりを想像し続けた結果であるからだ。
 来日した数十年前、雨でも固定式の軽いスパイクを履いているDFに「90分でたった1秒でも足を滑らしたら、どうするんだ」と激怒した話は有名である。
「サッカーとは万が一であり、リスクという蛇がうじゃうじゃピッチを這う。それをすり抜けるから人々を熱狂させるんだよ」
 インタビューでそう聞いたことがある。

 飛行機で出張した際、前列の3人そろって椅子を定位置に戻さず離陸した。これでは救命胴衣は取れないのだから、なぜ確認に来ないのか、と乗務員に抗議すると、反論された。
「客室乗務員も安全に着席せよと機長の指示がありましたので。何かあったときには、言っていただければ参ります」

 地震も着陸も、何かあったら完全に遅いのである。私は1週間で2度も蛇に噛まれてしまったのだと、スポーツより日常生活のリスクの高さをしみじみと考えた。

(東京中日スポーツ・2004.10.8より再録)

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