■セブンアイ
 
「憧れの人」


 小学生を持つ友人から、傑作なメールをもらい、夜中に笑い転げてしまった。彼女もご主人も、小学校3年の娘さんも、夏休みの間、宿題そっちの気で、一家揃ってアテネ五輪を朝まで観続けていたらしい。
 娘さんは運動は得意でないからこそ、初めて両親と見たオリンピックのアスリートに心から感動し、画面に釘付けになっていたようである。小学生にとってはかなり過酷な前半のメダルラッシュをサバイバルした8月23日、ついに「憧れの人」を見つけた。

 新種目でありながら2つの金、銀と銅メダルを獲得した女子レスリング、55キロ級の吉田沙保里(中京女子大)が金メダルを決めた瞬間、栄 和人監督に駆け寄り感激の抱擁を交わすのか、と思った瞬間、55キロの彼女が68キロの監督をひょい、と肩車した。現地で取材しながら、会場に沸いた驚きの歓声や拍手、笑いといったものは、涙の感動シーン以上に深く印象に残る、大好きなシーンのひとつである。同時に、ついに、女が男を肩車する、しかも軽々と、両手なんか放しちゃったりする時代がやってきたのだ、という鮮烈な、歴史的シーンでもあったと思う。

 小学生の彼女も素直に「凄い」と思ったらしい。吉田のように決して大きくは見えない女性が、最高峰で見せたパフォーマンスは、新学期になって登校した引っ込み思案の彼女を大変身させていた。
「体育の時間、なんと男の子を肩車しようとしたらしいの。そうしたら、ほかの何人かの女の子も、吉田さんのあの堂々としたポーズがよほどかっこよく見えたみたいで真似してみたらしいのよ。誰もできなかった、って娘は残念がっていたけれど。でもね、見違えるように体を動かすことが好きになったの。取材で会ったら、お礼言って下さい」
 逆肩車でお礼を言われる吉田も監督も、きっとこのコラムを読んで笑っているだろう。

 最近、女性雑誌にはなぜか「かっこいい女」という文字が躍っている。可愛いさよりもかっこ良さの時代なんだそうだ。しかし、かっこいい、とは、苦しい練習にひたすら耐え抜き、相手と、あるいは仕事と堂々と向き合い、そして吉田のように爽快な笑顔で胸を張る女性を指すのだ。私には、ファッションやスタイルよりも、男性を肩車した吉田に憧れる少女たちの純粋な気持ちが、よくわかる。
 でも肩車は真似しないようにね、世界一強い女性しかできないものだから。

(東京中日スポーツ・2004.9.17より再録)

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