■セブンアイ
 
「暗闇の中で」


 あまりの苦しさに先生の顔をちらりと見ると、今にも吹き出しそうなのを懸命にこらえている。サッカー日本代表選手がジーコ監督の元、インド戦(8日、コルカタ)のミーティングを行っている時間、スポーツ紙の記者2人と私は、数千のポーズが存在するというヨガの、基礎の基礎のレッスンを受けながら、「ウーッやめてええ」とか、「イデ、イデデデ…」といううめき声を上げていた。コルカタ生まれ、3歳からヨガを習ってきたというブシュペン・ガンゴリー先生にとっておそらく史上最低の生徒3人は、神聖なヨガルームをお笑い劇場に変えたようである。どのポーズも、涙と笑いなくしてはできないのだから。

 今回のアウエー戦は、あえて滞在期間を最短にするジーコ監督の狙いから、わずか2泊。初日は到着が深夜に及んだので、事実上は1泊と言える。短い時間で、少しでもその国を知りたいという真面目さから、私たちはヨガレッスンを受けることにしたのだが、考えが甘い、甘い。先生は穏やかな口調で、「ヨガは、自然と一体化することで、体を浄化し、パワーを蘇らせるものです。呼吸はいつも普通に、自然に」と説明する。しかし3人の呼吸はほぼ止まり、顔を真っ赤にする超不自然体ヨガ。日頃の不摂生の汚れは、1時間の授業では浄化できっこない。重度の筋肉痛は、体で知るカルチャーショックだろう。レッスンを終えて一歩外に出れば、心で知るカルチャーショックもある。コルカタは貧しい。高速道路の両脇には、わずかな空き地に貧民街が散在し、男性がゴザに寝転び、裸の子供たちが止まったタクシーの窓からお金を頂戴と手を入れてくる。小学生が体重の何倍もあるような作物を頭に載せたカゴに入れて、懸命に道路を渡る。背中と胸に子供を布で巻き、両手でひとりずつの手を引く母親と目が合うと、上品な美しい笑顔を返されたが、自分は何も返せなかった。

 試合が行われたソルトレーク競技場は、約3000円の席は日本人で占められ、最も安い60円の席は地元の人で埋め尽くされた。それなのに、記者席では、現地では1本500円もする貴重なミネラルウォーター、ミルクティと、90%の湿度でしけったクッキーが振る舞われ、手作りのカレーコロッケ弁当が配られる。ボールたった1個の力で、自分はここにいる。発電所の大工事による停電で、30分もの暗闇に包まれた記者席で、その不思議と、ある種の奇跡を思っていた。

(東京中日スポーツ・2004.9.10より再録)

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