■セブンアイ
 
「五輪記者」


 サッカー日本代表ジーコ監督は、中国でのアジア杯で「ピッチで決着をつけよう!」と言ったが、原稿やメダル数で決着をつけるわけにいかない私は、アテネで途方に暮れている。アテネ五輪もいよいよ終盤に入ったが、「中国戦」はまだ終わっていない。

 仕事をするプレスセンターには1,000人近いメディア関係者が集まり、その圧倒的多数を、北京五輪を控える中国記者が占める。日本や他国記者は寄り添い慰め合っている、と表現したら笑われるだろうか。

 人数だけではない。何たって気合いが違う。彼らの何人かは「勇敢是金」と書かれた揃いのシャツを着て原稿を書き、国歌の携帯着メロも聞こえる。
「事件」は北島康介が二百メートルでも金メダルを獲得した晩に起きた。とてつもなく広いワーキングスペースは大部屋で仕切られ、私も他国の記者も、一緒に2つ目の金に見入っていたのだが、ゴール直前、画面が突如、中国体操選手に切り替わった。この部屋だけでテレビは4台あるのに、ふと見ると中国体操、中国バレー、中国卓球、中国重量挙げ。温厚な私も、他国の記者も、あ然とし「ゴール直前じゃない!」と抗議したが、彼らは気にしない。新聞だけで国内2,000紙、人口12億の国が、本気で取材をすればこうなるのだろう。ああ、どうなる北京五輪。

 もっとも、ここでは楽しいこともある。SAMはサモア、PLWはパラオ、彼らは国の唯一人の記者としてファックスで記事を送っている。STPという国(アフリカのサントメプリンシペ民主共和国)があることも初めて知り、五輪初の特派員は持参した藁半紙を名刺に、名前と住所を書いてくれた。
 仲の良いブラジル人記者は、サッカーのスーパースター、ロナウドの直筆サイン入りユニホームを着て来る。五輪にいないのにと冷やかすと「これでも着てないと、ただの国に思われ、バカにされるから」と笑う。ジーコによろしく、と何度も言われた。

 メキシコ記者は、我が国はまだ銀メダル2つと嘆く。野口みずきが金メダルを獲得した翌日、彼は、感動したよ、とコーヒーをご馳走してくれ、初めて自分の話をした。なんと、モントリオール五輪競歩20キロの金メダリスト(ダニエル・ロカ氏)だった。
「競歩でも日本とは良い関係にあるし、私は日本も、日本人も日本選手も大好きだ」
 1人でも多くの記者、つまり1つでも多くの国と話をしたいと思っている。残り3日。

(東京中日スポーツ・2004.8.27より再録)

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