■セブンアイ
 
「ライバル」


 先週土曜日、陸上国際大会であるグランプリサーキット、ハンマー投げで、すでにアテネ五輪の代表に決定している室伏広治(ミズノ)が、82メートル18の今季世界最高、しかも6本の投てきすべてで80メートルを超えるというハイレベルのパフォーマンスで優勝した。
 シーズン初戦で「今季世界最高」が日本人によって記録されることも、体重100キロ前後と、世界的なハンマー投げの平均から言えば依然20キロは軽いはずの日本人が大男を抑えることにも、さしたる興奮や感動がない。それどころか、「当たり前」のように見ているから困ったものである。

 アテネで金メダルを狙う室伏にとってもっとも心強いのは、この競技会で、彼が「最強にして、最高にして、最愛のライバル、本当のライバルとは何か、を僕に教えてくれた男」と呼ぶ、ポーランドのジオルコフスキーが肩の故障から久々に復帰を果たしたことだろう。彼らは、2001年エドモントン世界陸上で82メートルを超え、わずか46センチ差の金メダル争いをし、「史上最高のハンマー投げ」と、各国のメディアで絶賛された歴史的な名勝負を演じている。種目の特性から、ハンマー投げでは競技中でさえ、お互いにアドバイスを送るなど交流が盛んだが、その中でも2人は、来日した折りには、そろって大相撲を観戦に行くなど、じつに厚いライバル関係を保ち続けている。

「肩の故障で思うように投げられなかったときにも、広治が本当に親身になって励ましてくれたんだ。感謝しているし、これからは少しでも距離を伸ばしてお返ししたい」

 大阪ではまだ試運転で終わったが、ジオルコフスキーはそう話していた。
 ライバルとは何か、という問いに、室伏はこう答えた。

「彼と金を争いながら、本当に相手も記録を伸ばしてほしいと心底思っていました。信玄と謙信の、敵に塩を送る、それを思い出したんです。そういう態度を、僕はハンマー投げの競技会に臨むときに、ライバルに対していつも持っていたいと思います」

 記録、メダルと、オリンピックを前にどうにも視野は狭くなる一方であるしかし、争いながらも敗れる、あるいは勝利するその境界線で、こうした美学を貫くアスリートたちがいるしかも国境を、文化をはるかに超えて。ちなみにポーランドでは、パンを分け合う、そういう表現が近いだろうか、と、ジオルコフスキーは教えてくれた。

(東京中日スポーツ・2004.5.14より再録)

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