■セブンアイ
 
「力を抜いて」


 先月末、仲の良い友人、それも飛び切り優秀なキャリアウーマン2人が立て続けに倒れ、一人は入院した。ともに、過度のストレスが原因であると知らされ、40歳を超えた自分の年齢を、改めて考えている。
「なぜそんなに具合が悪いのに休まなかったの、体より大事なものはないでしょう」
 私は電話口で友人を叱った。
「あなたに言われても説得力がないわ。大体いつ休んでるの? 1月だって5日しか東京にいなかった人が、私のことを言える?」

 私の仕事を熟知している友人は笑いながら反論するが、マスコミの、しかもスポーツライターなど、彼女たちのようにオフィスで上司や部下に囲まれ、仕事でも人間関係にも緊張感を強いられる仕事に比べれば、気楽なものである(そうでない方もおられます)。海外を含む移動や締め切りはプレッシャーかもしれないが、ストレスではない。仕事への使命感も深い愛着もわかるが、真面目に力を入れてばかりでは、と言っても反論されるので、代わりに、先週の新聞と、自分が書いた記事を彼女にファックスすることにした。

 2月28日、2年前のソルトレーク五輪では転倒と予選落ちの屈辱を味わったジャンプの第一人者・葛西紀明(札幌・土屋ホーム)が同じ場所でW杯を制した。中学時代、テストジャンパーでありながら本大会優勝者よりも遠くへ飛んでいたという伝説の主も31歳。31歳8か月と史上最年長優勝と、W杯日本人最多優勝を同時に遂げた理由は、オフに葛西から聞いていた。

 天才は努力こそ全て、手抜きは許されないと子供の頃から練習に没頭した。4度目の五輪、しかも2度も会社の倒産に遭った自分に救いの手を差し伸べてくれた土屋ホームに、移籍直後の五輪での敗戦は、葛西にとって人生そのものを否定される惨めなものだったという。そんな時あえて、自分よりも若い、キャリアのない外国人コーチ2人を招へいした。

「子供の頃から力の入れ方だけ考えていた僕に、彼らは休みの重要さ、力の抜き方を教えてくれた。シーズンに長い休暇を入れたら、不思議と力が入るようになりました」

 長い欧州でのシーズン、積極的に休んでは、犬ぞりや川下り、湯治をするのだと、31歳の男は手にした「余裕」を笑っていた。今回のW杯転戦中も、おそらくどこかでそりに乗り犬と遊んでいたに違いない。

 数日後「難しいけれど、私も力を抜いてみる」そう書かれたメールが友人から届いた。

(東京中日スポーツ・2004.3.5より再録)

BEFORE
HOME