■セブンアイ
 
「汗と涙のマット」


 直径8メートルの円の中には根性や気合い、ときには「死ぬ気」が飛び交い、マットは汗と涙で濡れている。
 23、24日、東京・駒沢体育館で行われた女子レスリングのアテネ五輪最終選考会「クイーンズ杯」を取材しながら、自分のノートに、気合い、根性、死ぬ気で、といった、おそらくスポーツ界における「死語」が、むしろ生き生きと、爽快に踊っているのに苦笑したくなった。近頃、男子でもこんな単語は使わないし、若い女性たちが「死ぬ気で戦う」などと正面を見据えるだろうか。アテネ五輪新種目として、全4階級制覇さえ期待される女子レスリングには、単なる「金メダルの個数」を超えた、深い魅力があるように思う。

 63キロ級で代表を決めた世界選手権覇者・伊調 馨を、大会1週間前に中京女子大学で取材した。3歳上の姉の千春(48キロ級)とともに姉妹代表を狙う馨には貫禄さえ漂う。一度だけ枕を濡らしました、とチャーミングな笑顔で教えてくれた。
 青森・八戸で盛んなちびっ子レスリングから、五輪を夢見た。両親に「強くなるまで帰る家はないと思いなさい」と送り出され、一人で強豪・中京付属高校へ留学する。競技は全国クラスに通用しても、言葉が通じなかった。先輩は親切だったが、礼儀正しく話そうとすればするほど緊張し、なまってしまう。
「練習も厳しい、何を話しても気持ちがうまく伝えられない。本当につらかったです」
 姉だけにはこっそり電話はしたという。
「一緒にがんばろう、負けるな」と励ました千春はクイーンズ杯で敗れ、4月の決定戦にまわる。馨は、姉の敗戦に泣きそうになりながらも、「勝って励ます」と試合に臨んだ。

 伊調姉妹だけではない。72キロ級の浜口京子(ジャパンビバレッジ)は父の平吾の厳しい叱咤を心の底から受け止め、55キロ吉田沙保里(中京女子大)も「五輪選考会で敗れた父(栄勝さん)のぶんも戦う」と言い切った。

 女子レスリングには親子と姉妹の絆があり、家族愛がある。バックに流れる音楽は、軽快なポップやロックではない。どこにでもあって、けれども照れくさくて誰も口にしない、まるで「演歌」のような詞と、こぶしの効いたメロディーが心地よく聞こえる理由は、うわべだけではない、彼女たちの純粋さと、その美しさにある。

 馨に好きな歌を聞いた。もちろん「津軽海峡冬景色」ではなく、ケツメイシのヒット曲だった。

(東京中日スポーツ・2004.2.27より再録)

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