■セブンアイ
 
なかなかの発進


 先週、このコラムを宮崎で書いた直後に「朗報です!」と編集者から電話を受けた。
「小野伸二選手がインタビューの時間を取ってくれました。待っているとの返事です」
「待っているって、どこで?」
「トルコ……です。しかも……」
 確かに朗報だが、待ってくれるのは、日本でも、彼が所属するオランダのフェイエノールトでもなく、キャンプ中のしかもイスタンブールからさらに南下した、地中海沿いのアンタリアだという。現地に入った朝は暴風雨のために、私が乗った便以外、午前中はキャンセルとなっている。彼が待つホテルに向かう途中、今度は洪水に見舞われた。

 トルコの、とりわけ地方では道路の整備状況が悪い。外国資本の近代的なホテルが建設ラッシュらしいが、周辺の小さな村は大型トラックの通過や土砂によって、犠牲になる。土砂降りで橋が落ち、凹凸の道に水が溢れるなか、ドライバーは「深みがわからないから、普通車ではこれ以上は行けない」と躊躇した。しかしこの荒れた「1本道」以外、ホテルにはたどり着けない。
 新年早々、私はこんな所で一体何をやっているのだと不運を嘆いていると、ほとんどひざまで泥水に浸かった10歳位の、古着のようなシャツを羽織った男の子2人が、車の窓をたたく。窓を開けると、2人はぬかるんだ路肩にゴザや板を運んで、「ここを通って!」と手招きをする。弱気な運転手と無謀な観光客は、子どもの誘導によって見事に泥沼を抜け出した。

 私は、足首ぐらいまで水に浸かって車を降り、彼らにお礼を言った。かばんに入れておいたオレンジ4つを渡すと、2人はそれを互いに2個ずつに分け、恥ずかしそうに、もじもじしながら笑う。役に立たないが、私のハンカチと小さなタオルを渡すと、「いいよ」と返そうとするので押し付けた。しかし2人は泥をぬぐうのではなく、発進した車に向かってそれをずっと振り続けている。乗り出して手を振りながら、自分は何と幸運なのだ、と鼻をすすってミラーを見つめていた。

 小野のインタビューを、最後に「実現」してくれたのは、編集者でも私でもなく、彼ら2人である。w杯予選が始まり、アテネ五輪が行われる今年、世界中でどれほどの見知らぬ人々に助けてもらうのだろう。雑煮もおもちも存分に味わっていない2004年のスタートも「なかなか」に思え、今、氷点下2度と冷え込むボローニャの練習場で、セリエA6年目を迎えた中田英寿を待っている。

(東京中日スポーツ・2004.1.16より再録)

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