■セブンアイ
 
ケーキの味


 ギリシャ出張から戻って最寄り駅に着くと、改札を出たところで、サンタクロースが、ベルを振り回してクリスマスケーキの「臨時販売」をしている。百貨店に行けば、素材にこだわり抜いたという、豪華で超高級、パリの有名パティシエが作ったものが、なぜか東京の「デバ地下」で買えてしまう。見慣れた風景のはずだが、この出張中、むしろ質素な、欧州の伝統菓子を見ていたせいか、派手なケーキに面食らってしまった。

 私が今も忘れることのできないクリスマスケーキは、たしか、1,000円しなかったと記憶する。実にシンプルな、イチゴと生クリームのデコレーションケーキである。

 もう十年以上前の話である。新聞社にいた頃、毎年12月に行われるハンドボール全日本選手権の事前取材をしていた。その中で、優勝候補のひとつだった、菓子メーカー「シャトレーゼ」の女子選手たちが、試合前の重要な調整期間にもかかわらず、一年でもっとも忙しくなるクリスマスケーキの生産ラインに立つことを知らされた。イブの前夜、「あずさ」に乗って山梨県八代郡にある体育館へと向かった。いつもと変わらぬ厳しい練習を終えた夜9時過ぎ、彼女たちはシャワーを手早く浴びると普段着にではなく、製造ラインに立つための真っ白な制服と帽子、マスクに手袋をはめて工場へと急いだ。タイトルのかかる全日本選手権と、会社の最繁忙期は残念なことに毎年重なる。

「実業団選手として当然のことです。それに、私たちのケーキでみなさんが楽しい時間を過ごせるなら、それもまた幸せですから」

 消毒や特別な衣服を着て取材の許可をもらい、一晩で何万個と作られるケーキのラインで、私は彼女たちの話を聞いた。温度は上げられないため、コンクリートの足元が寒くてしびれていたのを記憶している。

 イチゴやクリーム乗せ、と仕事は深夜まで続く。翌朝、彼女たちが作ったケーキ2つをプレゼントされ、始発で東京に戻った。高級ではなかったが、明日には勝負をかけてコートに発つという選手たちが作ったケーキの味は、特別なものだった。

 そのシャトレーゼハンドボール部が、今期のリーグ戦を最後に廃部になると発表されている。今では事情が変わっているかもしれない。全日本は準優勝を果たした。私にとって、クリスマスケーキの味とは、日本のスポーツ界を支えてきた実業団選手たちの努力と誇りの味である。

(東京中日スポーツ・2003.12.26より再録)

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