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この仕事の魅力


 少しだけ太ったが、エンドウ君は変わっていなかった。私たちはライバルとされるスポーツ紙で巨人を同時期に担当し、例えば「ノーコメント」なんてコメントを取るために、関係者の家の前で呼び鈴を押しては一緒に立ち尽くした。あれから12年、私は新聞社を辞め、彼は人を育てるデスクになった。

 記憶にないほど何年ぶりかの電話の依頼で、彼が受け持っている「スポーツメディア講座」で話をすることになってしまった。そのまま出張するので時間はあまりないけれど、と、あらかじめ詫び、教室に駆け込む。黒板に「本日の講師・増島先生」と書かれていたので噴き出してしまい、彼が私を紹介しているスキに、「先生」を消しておいた。部屋には記者、編集者、ディレクター、またはフリーと、スポーツ報道を目指す大学3年生が30人ほど。質問は皆鋭く、「目指す仕事に就きたい」と無意識に願う「目」の輝きは、普段味わうことのない緊張感や活気を与えてくれた。

──この仕事で一番大切なのは?
「1にも2にも体力」と答えると、隣でエンドウ君が「そうだ! 滅茶苦茶食べるんだよね、キャンプでも1時間朝飯食べてた」と、余計なことを思い出す。担当を一緒にやって思い出すのは、食欲とはね。

──海外出張も多いと思いますが?
「時差とか気温差とか平気ですね。いつでもどこでも寝られないと」と答えると、「そうそう、タフだもんね」と、彼がうなずく。

「この仕事の魅力は」と聞かれたが、何だかうまい答えが見つからないまま、時間が来て、今度は教室を駆け出して地下鉄に乗り、のぞみの最終で京都に向かった。翌日、女子マラソンのアテネ五輪代表・野村みずき(グローバリー)を取材するために。

 そして13日午前5時45分、互いの顔さえ見えない日の出前、彼女にとっては、ごくごく普通の、1時間を走る朝練を取材する。呼吸の音と真っ白な息、ウインドブレーカーがこすれ合う音、桂川のせせらぎ。暗闇にこれらを感じながら、私が質問に答えたかったのは、これなのだと、遅ればせながらわかった。試合というたった一日に向けて、水面下で積み重ねられる364日の断片でも知る幸せを、この風景を、彼らにも見せてあげたい、と思いながら、鮮やかな朝焼けに染まる嵐山に吸いこまれて行く、野口の背中を見つめていた。

(東京中日スポーツ・2003.11.14より再録)

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