■セブンアイ
 
「時間簿」の時代


 主婦の家計簿なんて常識で、今は時間簿の時代なんだそうである。
 忙しい主婦が、いかに時間をやり繰りして趣味や自分の時間を捻出するかのヒントがこの時間簿にあるようだ。洗濯を何分、夫、子どもに費やした時間何分と細かく書き込むことで、無駄な時間を見直し、趣味や自分の時間が作れると、時間簿ノートが飛ぶように売れているという。スケジュール表との違いは、スケジュールは未来形だが、時間簿が過去形である点だ。

「みどりはすごいよね、こんなに忙しい仕事を頑張ってて。いつも読むの楽しみだし、活躍してること、知り合いに自慢しちゃうの」
 地方出張の折、何年かぶりに訪ねた友人と昼食を共にしながら、私たちは時間簿の話しをし、彼女は、時間簿も、ついでに家計簿も付けられない私の「どんぶり勘定的日々」を慰めてくれた。そして、「時間があるのも寂しいよ」と笑った。

 高校生の長男、次男を育て上げて突然現れた「自分の時間」にむしろ戸惑い、その時間を使って何かしたい、とヘルパーの免許を取ったばかりだと教えてくれた。11月から、お年寄りの家で、介護の前に先ずは家事手伝いなどをする「家事補助」を始めるそうだ。

 何度か訪ねた自宅だが、整然と片付いていた様子はどうしても思い出せないので、「人の家まで散かすのが、何故ヘルパーなのか?」と返し、「言われると思ったあ!」と、2人で大笑いをしたが、主婦としての日々のほかに、さらに誰かを助けようと勉強を続けた向上心に、30年も付き合っているのに、実は圧倒されていたのだ。

 ちょうど彼女の息子の年頃、私たちは両親たちの熱狂的な応援に包まれてバスケットボールの試合をし、いつも一緒に登下校をし、毎日笑っていた。家族と同じか、それ以上の濃密な時間を共にし、どんなに離れていても心のどこかでいつも互いを思ってきた。

 5日早朝、私は札幌から東京に戻り、高橋尚子を取材するため成田空港へ向かった。時間簿にしたらむなしいだけだ、と苦笑しながら、緊張している自分にふと気付いた。専業主婦の彼女が、十数年ぶりに「出勤」をする朝であるから。きっといい仕事をする、他人の家まで散らかさぬように、と空から地上を眺めて心の中でつぶやいた。そして、こんな素敵な時間の使い方をする親友を、私こそ自慢したいと心から思った。

(東京中日スポーツ・2003.11.7より再録)

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