■セブンアイ
 
罰ゲーム


 柔道世界選手権男子60キロ級の前大会チャンピオンは、それは感激した様子だった。倒した相手が五輪金メダリストだったからではない。自分の勝利を表現するよりも先に、「金メダリスト」の両腕を掲げた。
「勝つことが目標だった? とんでもない」
 表彰式を終え、結局、倒した相手、野村忠宏(ミキハウス)と同じ銅メダルを首からかけて、ルニフィ(チュニジア)は笑った。
「私は、今日2つの成果を手にできたことを誇らしく思っている。ひとつは銅メダル。そうしてもうひとつは、自分がもっとも尊敬する柔道家と対戦できたことなんだ」

 15日に終わった世界柔道(大阪)で、アトランタ、シドニーを連覇した野村は、約3年ぶりとなった国際舞台で準決勝に進むことなく敗退をした。敗れた試合、しかし野村は、ポイントで大きくリードしていた。ルニフィによるよれば、「技をかける度に、やられるという息の詰まるような恐怖と、次は何がかけられるのか、という不思議な期待感で楽しかった」ということになるから、技は存分に発揮されていたに違いない。しかしスタミナという「罠」に足を取られた。

 国際大会で初めて経験する敗者復活戦は、五輪覇者にとっては、どこか「罰ゲーム」のように思えて、一体どうやってこの、厳しい罰ゲームに挑むのか、むしろ負けてから畳に釘付けにさせられた。すべて一本で銅メダルを獲得しても、野村は怒っていた。もちろん、誰にでもなく、ただただ自分に対して。

「シドニーを終え柔道を離れ、望んでいたはずの楽しい毎日が味わえた。でも、何をやっても苦しくて辛くて、体中が燃えるような、あの気持ちではない。だから復帰してしまったんですね、きっと」
 大会前のインタビューで、野村はそう言って苦笑いをしていた。敗者復活の強い動機がもし自分への怒りだったとしても、復帰した彼が、本当はメダル以上に、喉から手が出るほど欲しかった「あの気持ち」は手にしたのではないか。

 表彰式を終え、ルニフィは野村にサインと写真を求め、野村は実にていねいにそれに応じた。その顔は午前中よりはるかに研ぎ澄まされ、怒りとはかくも美しく男を変貌させるのか、としばらく眺めていた。

(東京中日スポーツ・2003.9.19より再録)

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