■セブンアイ
 
目標設定


 友人は、小学生の子供に叱られてしまった、と受話器の向こうでため息をついた。
「最近、めっきり体型が変わっちゃったから、子供に、やせる! と約束したの。そしたら、ママ、やせる、じゃなくて具体的な数字を挙げて目標を設定してって」

 政界でも、数値を挙げての目標設定が盛んに叫ばれているが、小さくても大きくても、公約だろうが私約? だろうが、とにかくどんな約束でも、口約束で終わらせないことは容易じゃない。まして具体的数値となるとこれは至難の業である。しかし、よく考えてみれば、私たちは常に心のどこかでアスリートに「具体的な数値」の達成を期待しているのではないだろうか。

 阪神の赤星憲広がベースを踏んだ瞬間、画面に向かって思わず拍手を送った。優勝を決めたサヨナラヒットではなく、今シーズン54個目の盗塁を成功させたときである。
 この1年、彼のスタートに目を凝らし、盗塁をカウントすることはじつに楽しい野球観戦であった。2002年のオフに取材した日、彼はいきなり具体的数値を口にしていたからである。

「盗塁39で盗塁王では、胸は張れません。やはりどんなことがあっても、どんな年でも、54を常に走る選手になりたいんです」

 背番号53の赤星にとって、「54」とは自分という能力からのあくなき前進を示す目標設定だという。もともと50メートルを5秒6で走る俊足の持ち主であるが、盗塁の成功以上に、野球における「ランニング」の魅力は格別なのだと話していた笑顔が印象的である。

「雨が降って、足元がぬかるみますよね。そうすると、ヨーシ、絶対成功させてやるぞ、と闘志が湧いてくるんです。バッテリーだって、そんな時に走られたくないですよね。泥とか、風とか、雨とか、僕は走塁で自然を感じる瞬間が大好きです」

 陸上競技では、棄権はあるにせよ自己完結としての「ゴール」ができる。ところが走塁ではゴールができるかできないか、相手との駆け引きが満載されていて、これほどスリルに満ちた「走り」はほかにない。現在57、今季終了まで、数字はまだまだ伸びるだろう。

 友人は仕方なく、減量目標を3キロに設定してウォーキングを始めた。運動不足、食欲の秋、の大困難を乗り越え公約を果たせるのか、こちらもなかなかスリリングではある。

(東京中日スポーツ・2003.9.26より再録)

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