■セブンアイ
 
ディバース


「スタット・ドゥ・フランス」に作られたイタリア放送局「RAI」のブースで、女子百メートル障害のゲイル・ディバース(米国)は、解説者なのに上半身を小刻みに動かしながら12秒を走りきっているように見えた。すぐ真下のゴールでトップを切ってウィニングランをしているのは自分だったかもしれないが、立ち上がって優勝者に拍手を送る。

 陸上界には、心から尊敬し、あこがれる女性アスリートがいる。中でも36歳のディバースは特別である。百メートルでは最下位。4回目の金を狙った百メートル障害準決勝でも、4台目をすねにひっかけ決勝進出を逃してしまった。93年、前人未踏の、ハードルと百メートルの2冠を果たした女王が無冠に終わった。

「結果がいつも良いなら、私は36歳まで陸上をやっていないわ。病気のことも同じ。もし元気だったら、これほど愛着や工夫を持って競技に関わろうと思わなかったもの」
 同じ、高級ではないチェーン系ホテルにディバースも宿泊しており、質素な隠れ家に驚いたが、お陰でロビーで話すことができた。

 よく知られているが、甲状腺ホルモンの異常によるグレイブス病を克服した。体重は18キロ減少し、歩けなくなったこともある。また放射線治療のために髪が抜け、入院を繰り返す毎日は3年も続いた。10年前に復帰したが、治療は今も定期的に続け、生活での制限は多いのだと初めて教えられた。

 華やかな経歴の反面、ゴールで転倒してメダルを逃したこともあれば、シドニー五輪では故障で棄権している。前回エドモントンではスタートのハプニングで伏兵に敗れた。今大会に落胆しているかと聞くと、明るく、大きなアクションが返ってくる。
「いいえ。まだシーズンが終わったわけではないから、失望して残り試合を棒に振るなんて私らしくないもの」

 最下位だった百メートルのゴールで、彼女は金メダリストにお祝いを言いに走り、ハードルをすねに当ててもうなだれたりせず、抜群のスタートを切った自分に拍手をする。2種目で、敗れた瞬間を見ながら、私は彼女の「負け方」が好きなのだとわかった。顔を上げ、本当の笑顔で勝者を称え、また走り出す。かっこいい負け方ができる女性アスリートは、実に7回目の世界陸上を後にした。もちろんアテネを目指して。

(東京中日スポーツ・2003.8.29より再録)

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