■セブンアイ
 
一人旅の季節


 横浜での取材途中、JRのホームに立っていると男の子に声をかけられた。
「すみません、この電車は鶯谷(うぐいすだに)に行きますか?」
 改めて聞かれると、自信がなくなるものだから、無愛想な駅員に一応確認をして、「次に来る竜車に乗れば、真っ直ぐ行けるはずだから大丈夫」と返事をした。心配だったので「一人? お父さんかお母さんは?」とたずねると、青いリュックにヤンキースの野球帽の小学校3年生は、待ってましたあ! とばかりに、「これからおじいちゃんの家へ一人で遊びに行くとこ」と、一人、に力を込めて嬉々とした表情で教えてくれた。手には、ご両親が書いたのだろう、どの駅の何番線に乗るか、走って乗ってはいけない、乗る前には必ず「親切そうな人に」(光栄だ)聞いてから、などと全部ひらがなで書かれたメモが握られていた。

 夏休みは、小さな一人旅の季節である。新幹線やエアポート、そこら中のプラットホームで、小さな冒険者たちが、看板を確認し、一生懸命大人たちに質問をしている。

「後にも先にも、あれほど緊張したことは一度もありませんでした。はい、もちろん、サッカーの試合よりも。もし遅れたら、2度とサッカーができないような気がして」

 先日メキシコを破って、4大会連続でのW杯出場を決めたサッカー日本女子代表のMF、小林弥生(日テレ)は、子供のころ、憧れの女子ジュニアチームに入ることになったころの思い出話をしてくれた。初練習の日、絶対に遅刻してはならないと、隣の駅から乗る上級生に言われた発車時刻の、何と1時間半も前にホームに行き、何十回も駅員さんや大人たちに確認をし、緊張して、ついには持参していたサッカーボールの上にちょこんと座って時間を過ごしたという。たった一駅乗るだけなのに、少女の不安な顔や、ボールの上で緊張して待つ姿も思い浮かべる出ことができる。

 さて、横浜での話には続きがある。 いちいち声をかけるのは、少年に失礼だと思い少し遠くから、乗るかどうかを見ていた。発車間際、男の人が「ありがとうございました、ご親切に」と頭を下げて、少年と違う車両に隠れて乗ろうとした。少年に見つからないように後をつける、お父さんである。
 一人旅する方も、させる方にも特別な李節。

(東京中日スポーツ・2003.8.8より再録)

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