■セブンアイ
 
河口の「出発」


 アスリートの「出発」にはなぜか忘れ物やトラブルが付きものである。大きなチャレンジをする時に限って、トラブルや忘れ物も大きくなる、不思議な比例があるようだ。アメリカンフットボールの河口正史が関西空港から飛び立つまでの24時間も、挑戦の大きさに比例し、なかなかスリリングであった。何しろ、渡米直前に念願のビザが下り、下りたと思ったら今度は不備で誕生日が違う。しかも出発遅れは絶対に許されない。NFLのキャンプがスタートするからだ。

 初めて彼を見たのは、2年前、どしゃぶりのグラウンドでコーチをする姿だった。当特、NFLが欧州に創設した人材発掘リーグでもあるNFLヨーロッパ(オランダ)に所属し、日本第一人者として評価を得て出場はしていたが、本国から声がかかることはなかった。ベテランの域に入ったラインバッカーは、オフに大学のコーチをしながら、まだ夢を追うのか、それともNFLでプレーする夢を「能力の限界だ」と諦めるのか、選択に苦悩し、取材場所の古ぼけた教室で実に率直に、長時間話をした。

 別れ際、河口は「教える喜びがプレーを上回りつつある」と引退を表現し、「お疲れさま」と、握手で別れたことを覚えている。

 しかし、悩んでいたころに出会ったトレーナーとトレーニングによって、限界と思えた体力、技術、可能性すべてが変わり、昨年、ついに本国でキャンプに参加。最終メンバー一歩前まで残った実力は今年も評価され、名門サンフランシスコ・フォーティーナイナーズのキャンプに合流する。9月1日の決定まで、2回の関門をサバイバルせねばならない。

「落とされる不安より、フットボール漬けの幸せな日々、自分の眠っていた能力がさらに刺激されことを思うと楽しみです」
 超特急の再発行で24日に飛び立った河口に、「じゃあまた」と言うと、「もう帰って来ないので、また、は米国になりますね」と笑った。

 この夏、ハンマー投げで室伏広治(ミズノ)が世界歴代3位の記録を打ち立て、平泳ぎで北島康介(東京SC)が世界新記録をマークした。日本人が苦手とする力と瞬発力の分野での成果に、すでに腰を抜かすほど篤いている。この上なおも日本人が初めてNFLで、しかも30歳のルーキーが誕生するとなったら、一体どうやって反応すればいいのだろうか。

(東京中日スポーツ・2003.7.25より再録)

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