■セブンアイ
 
アウエー


 ドライバーは、私のせいだ、と支払いを求めている。私は「絶対に払わない」と頑として譲らない。凱旋門のすぐ下で、アフリカ人とアジア人が英語で言い争う風景は、花の都にまったくそぐわないが、仕方がない。
「私は完璧な住所まで渡した。ろくな確認もせずに、わかったと走り出し、挙げ句迷子になって、45ユーロ! なんて、冗談じゃない」
 サッカー日本代表のコンフェデレーションズ杯取材にパリに到着した日、練習会場に直行しようとしたらタクシーが間違え、パリ市内に行ってしまった。結局、この日本人は、到着したばかりの観光客とは思えぬほど強硬だったために、ドライバーはわめいて行ってしまった。私が惜しかったのは、もちろん約6,000円であり、たった12時間旅をしただけで失い欠ける「常識」だ。

 さっきまで当たり前だったことが、少し移動すると「常識」ではなくなる。サッカーで「アウエー」と呼ばれる非常識に遭遇することを、ジーコ監督は待ち望んでいた。監督の「アウエー」の定義はアジアを出ることなので、イラク戦争などのアクシデントを経て、やっと実現した遠征でもある。実際、代表が公式大会のためにアウエーに出たのは、98年フランスW杯以来5年ぶりのことになる。

「問題はない。大事なことは、自分たちの考えたプランをやり通すことなのだから」
 17日、ニュージーランド戦前日、監督はそう言った。監督以下全員が着替えて試合会場となったサンドニのピッチに立った瞬間、直前までの雷雨から芝を守るために、とピッチの使用を制限された。事前に連絡はなく、もちろん悪意ではなく「アウエー」の一部としての連絡ミスだが、監督はものすごい形相で歯を食いしばり、「合宿値に戻って予定通り練習を」と静かに伝えたそうだ。プレーヤーとしての知名度、地位にはかつて起こらなかった「アウエー」に、歯を食いしばって冷静さを保った監督の姿は印象深い。

 監督の出身地方では「お皿は端から食べるもの」という言い回しがあり、それが自分の好きな格言だ、と教えられたことがある。
 好物や大事なものは最後に残せ、そこまで我慢だ、という意味だという。
 20日のフランス戦、お皿のどの辺か。

(東京中日スポーツ・2003.6.20より再録)

BEFORE
HOME