■セブンアイ
 
今村文男


 マラソンについて書かれているある雑誌の原稿を読んでいたら、「陸上で最長の、42.195キロの距離を、その肉体と精神の限りを尽くして」といった記述を見つけてしまった。あー、また忘れられちゃったか。実際、信じじられないことだが、「彼ら」は実によく忘れられてしまう。忘れるより、知られていないというほうが正しいか。
 久しぶりに連絡を取る。電話の声は落ち巻いていて、どこかユーモアを携えている。
「暴雨風とはいえ、お恥ずかしい記録でして。どうなるかわかりませんけれど、もし選んでもらえたら、キャリアの全力をかけて」

 4月、陸上競歩の日本選手権(輪島)で、今年37歳になる日本の第一人者、今村文男(富士通)が50キロで優勝を果たし、今夏パリで行われる世界陸上の代表へ前進した。
 スポーツ界には、様々な「記録」がある。世界記録や日本記録といった最大瞬間風速的な記録もあれば、リーグや大会への出場試合記録や、大会連覇、勝利数といった、とにかく雪長く、時間を重ねる記録もある。
 今村は、1991年の第三回東京世界陸上から連続で世界選手権に出揚を果たしてきた「鉄人記録」の持ち主であり、今夏のパリに出場が決まれば7回となる。世界的にも例がない、日本が世界に誇る競技者の一人だ。

 高校時代は中距離の選手だったが、ある時、貧血のためか、それとも実力か、女の子に抜かれた。落ち込む今村に同情した先生が競歩をすすめる。これが幸いして頭角を現すが、マイナーゆえ、大学卒業後も練習後、道路工事や深夜の焼肉屋でバイトをしながら食いつなぐ。91年東京世界陸上を前に富士通に入社。東京で7位の快挙を果たし、97年アテネ世界陸上では6位となった。

 尻を振りながらとにかく歩く。千葉の海岸沿いで練習すれば、夕陽を見つめるカップルと鉢合わせし怪訝な顔をされることもあると笑う。それでも歩く。
 世界記録、日本記録が最大瞬間風速なら、今村は心地の良いそよ風のように吹き続けてここまできた。そんな競技者が世界最高峰の大会で7度も戦おうとしていることを少しでも知ってほしい。できれば、陸上競技の最長は競歩50キロであることもお忘れなく。

(東京中日スポーツ・2003.5.9より再録)

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