■セブンアイ
 
完走のにおい


 青梅マラソン10キロのフィニッシュラインをまたいで、ロッカーのある体育館に戻ると突然、涙があふれてきた。サングラスがみるみる曇ってしまうほど、涙が止まらない。
「おめでとうございます、大変なお天気の中、無事完走されて感動しますよねえ」
 ボランティアの女性が、泣いている私に気を遣って優しく声を掛けてくれる。しかし、涙の正体は、感動ではない。煙でもない。体育館内に充満している「サロメチール」の刺激臭が目にしみて、うっ……涙が止まらないのである。

 16日の青梅マラソンは冷たい雨の中、10キロ、30キロで1万2991人が参加して行なわれた。30キロの出場者1万2,991人が、激しい雨のために屋外を走れずに、体育館でスタート前のウォームアップをしなくてはならない。狭い空間で、参加者のほとんどが使うから、とんでも「空気」が誕生する。
「いやあ、気合だね、気合。これを塗って筋肉がカッとしてくるでしょう。まあ、おまじないってところかな」
 主催者とメーカーが提供してくれるサロメチールのテーブルの前で、年輩の男性が笑ってふくらはぎにすり込んでいた。走友会のみなさんは、腕と、アッ、なぜかこめかみにまで。老若男女が真剣な表情で筋肉にすり込む「儀式」は何だかちょっぴり恐ろしくもあり、ユーモラスでもある。
 筋肉にすり込むと温まるということなのだろう。もちろん、愛用するトップ選手もいるし、塗り過ぎは禁物だ。しかし、青梅で用意されたビンがみるみるうちに減っていく光景は、ごく普通の、一般のスポーツ愛好家たちの、「絶対に目標を達成するのだ」という気迫を象徴していたように思う。

 さて、何も塗らずにスタートした私は、筋肉に刺激が入るまでウォームアップ代わりに走り、何とかゴールにたどりついた。今年の青梅、主催新聞社翌日付の紙面で「サロメチールを使用した人」という傑作なデータを見つけた。しかし「200人」というのはいかがなものだろうか。自宅から持ってきた人もいるのだから桁が違う。
 訂正して欲しいところである。

(東京中日スポーツ・2003.2.21より再録)

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